鉄仙のショートショート

2012年に若年性パーキンソン病を発症。アマチュア作家兼会社員。

実録! お天気お姉さん24時?

お題「ショートショート『天気予報』」

 

 お天気お姉さんを知っているだろうか? テレビで天気を予報する女性のことだ。最近では若くてかわいらしい女性の職業の一つと認識されているが、その実態を知るものは少ない。今夜は、今一番有名なお天気お姉さん安藤小春(あんどうこはる)の一日を追いかける。

 

 「おはようございます!」

 日も昇らない早朝五時。安藤が大きな声で挨拶をしてテレビ局へ入ってきた。早朝だというのに安藤は元気だ。

「朝から元気ですね。眠たくないのですか?」我々、撮影スタッフは安藤の後ろに着いていきながら尋ねた。

「私、目覚めがいい方なんです。起きたらシャキッとしてすぐにテキパキ動きますよ!」笑顔で答えた安藤は、慣れた様子で真っ直ぐメイク室へと向かう。

 待つこと三十分。メイク室から出てきた安藤は出社した時と変わらない顔のまま控え室へ入っていった。

 控室を覗くと、安藤が今日の天気予報で使う手書きのフリップを書いていた。

「ヘビですか?」我々は蛇なのかミミズなのか分からない細長い何かを見ながら尋ねた。

「いやだもう! どう見たってコツメカワウソじゃないですか?」安藤は笑いながら答えた。

 毎度のこととはいえ、安藤の斬新な画風に我々は驚かされた。果たしてこのコツメカワウソはどのような活躍を見せるのだろうか。

  六時、ミーティングルームで朝のニュース番組のスタッフとの打ち合わせが始まった。

「安藤さん、この天気間違っていませんか?」ニュース番組のディレクターが眉をひそめながら確認を取る。

「間違っていませんよ?」安藤も同じように眉をひそめて答えた。

「台風が近づいているのに晴天なんですか? また苦情来ますよ」ディレクターは不信感をあらわにしながら、天気予報が書かれた紙を机に置いた。

 ガタン。安藤が急に立ち上がったと思うと、安藤の細い右腕が向かいの席に座っていたディレクターの顔に伸びた。そして、ディレクターは椅子ごと背中から倒れた。

「安藤さん、痛いじゃないですか!」

「……ごめん、手が滑った」

 安藤は妥協しない。通常であれば気象予報の会社からデータをもらうが、安藤は自分で天気予報のデータを用意する。自ら用意するほど安藤の天気に対する姿勢は真剣だ。だからこそ早朝の打ち合わせにも熱が入り、手も出てしまう。

 七時、番組開始が始まった。安藤の出演は、およそ五分のお天気コーナーだけである。二時間の生放送でお天気コーナーは四回ある。

「つまり、今日の天気はコツメカワウソなんです!」テレビの前で自信ありげに安藤が語っている。

 ヘビにしか見えないコツメカワウソのイラストフリップが何度もテレビに映し出されたことで、視聴者から、絵が下手であること以上に意味が分からないという苦情の電話が今日も寄せられた。それでも安藤は全力で天気予報を続けている。

 番組終了後、安藤は控え室へ荷物を取りに戻ると急ぎ足でテレビ局を後にする。

「この後、どこへ?」撮影スタッフは安藤を追いかけながら尋ねた。

「山へ昇ります」安藤は真剣な顔で答えた。

 安藤は、そのまま急ぎ足で電車に乗り自宅へ戻ると真っ白なジャージ姿に大きな黒いリュックを背負って出てきた。胸には、覇手名大学庭球部と書かれている。

「テニスをやっていたのですか?」

「これですか?    そうです。大学でテニスデビューしました。これはその時のものです。すみません電車の時間がないので質問は後にして下さい」

 安藤は険しい顔で歩き出した。そして、何もないところでこけた。

「大丈夫ですか?」

「……ここはカットしてください」

 結局、安藤は次の電車に乗ることになった。安藤とスタッフの間に沈黙が続く。電車に乗ってから三十分。沈黙を最初に破ったのは我々撮影スタッフのメンバーであるADの皮田だった。

「前から思っていたんですが、安藤さん、胸デカいですよね。ちょっと揉んでいいですか?」

 空気を読まないAD皮田の発言に安藤の顔が歪んだ。

「この人いらないよね? 番組的にも、社会的にも」

 小柄な安藤からは想像できないような力強さを我々撮影スタッフは目の当たりにした。この強さがあの斬新な天気予報を生み出しているのだろう。車窓からAD皮田が投げ出されて一時間。景色はビルから住宅街、森へと変わっていた。

「失楽園。失楽園。お忘れ物がないようお気を付けください」

 終点の失楽園駅に着いたとのアナウンスが流れる。

「急いで下さい。このケーブルカーを逃すと三十分は待ちますから」

 安藤はホームを降りると急ぎ足で細い階段を駆け登り、ホームに到着していたケーブルカーに急いで乗る。

「こんにちは!」

「……こんにちは」

 安藤の全力の挨拶にケーブルカーの運転手も戸惑いながら挨拶をした。

 安藤はテレビ局での仕事が終わるといつもここに来る。お天気お姉さんとしてデビューしてから三年。すっかりケーブルカーの運転手とは顔馴染みだ。今日も安藤は運転席の横に立ち、運転手と会話を楽しむ。

「田中君だっけ?」親しげに運転手に声をかける安藤。

「いえ、横井沢です」運転手は迷惑そうに答えた。

「運転歴二年だっけ?」

「今日が初めてです」

 ドス。鈍い音が運転手の腹部から聞こえた。

「は……、はい。今日で二年目です」運転手は脇腹を押さえながら苦しそうに答えた。

「趣味はちくわ笛だっけ? 今日も見せてよ?」安藤は立てた人差し指をくるくる回しながら、親しげに運転手へ寄りそってきた。

「えっ? ちくわ笛? ちくわなんて持っていな……」

 不敵な笑みを浮かべた安藤がポケットから何かを取り出して、そっと運転手に手渡す。

「ああ、すみません。ちくわはあるのですが今運転中なので、後でいいですか?」運転手も空気を読んでか、安藤から受け取ったちくわを取り出しながらテレビカメラに向かって答えた。

「仕方がないわね。今日は私も取材を受けていて忙しいから、また今度ね」安藤がカメラに向かってウィンクして親指を立てた。

 安藤は、いい映像が撮れたと思っているのだろう。

 安藤が運転席から我々撮影スタッフのもとに戻ってきた。

「これあげるから、上手く編集してよ?」

 安藤は背負っていた大きなリュックをおろし、大量のちくわが入った大きな透明な袋を取り出した。袋からちくわを素手でつかむと我々撮影スタッフ全員に手渡ししていく。両手が塞がっているカメラマンには、親切にズボンのポケットにねじ込む。ケーブルカーの車内に生臭い魚の匂いが立ち込めた。

 五分後、ケーブルカーが山頂の駅に着いた。山の頂上だからか、生臭いケーブルカーを出られたからなのか、とても空気が澄んでいるように感じる。 少し歩いて、山頂の展望スペースに出ると、安藤が大きなリュックをおろして、花柄のレジャーシートを取りだし、そこに荷物を広げ始めた。ノートとペン。かかとの辺りに三メートルぐらいの紐の付いた下駄。ミネラルウォーターと大量のちくわ……。

 安藤は白いスニーカーとピンクの靴下を脱いで裸足になり下駄に履き替え、そのまま下駄のかかと部分から伸びている長い紐も手繰り寄せ、先端をくるくると左手に巻きつけると右足を後ろに大きく反らした。

「えい!」

 そのまま勢いよく前へと蹴りあげる。足の先からするりと下駄が離れて、中を舞う。緩やかな放物線を描いてそのまま地面へと落ちた。手持ちのノートに下駄の様子を書き込む。書き終わったら左手の紐をするすると手繰り寄せて下駄を回収する。途中でちくわ補給タイムを挟みながらも、これを何度も何度も繰り返す。 靴を飛ばしての天気予報とはなんとも古風である。

「もしかして、いつもそれで天気を占っているのですか?」撮影スタッフは恐る恐る安藤に尋ねる。

「そうですよ? 天気予報は、これが一番よく当たるんです。本物の気象予報士は自然と一体になれなくては務まりません。私のようなシャーマンの血が流れていいなければダメなんです」安藤は腰に手をあて胸を張って言い切った。

 ……一番よく当たる? 本気なのか冗談なのか撮影スタッフが戸惑っている中、ディレクター亀山が沈黙を破った。

「安藤さんはシャーマンなのですか?」

「ええ、私の祖父がドイツ人です。つまりハーフです」

 我々撮影スタッフは耳を疑った。安藤はジャーマンとシャーマンを取り違えているのだ。そして、祖父ならハーフではなくクォーターである。ジャーマンの血も薄い。もう何から何まで間違っている。

「あのー、ドイツ人はジャーマンであって、シャーマンじゃないですよ? 安藤さん、結構天然なんですね」

 山から大きな何かが飛んだ。

 我々撮影スタッフがディレクター亀山の姿を見たのはそれが最後だった。

「よし。これで終わり! さて、帰りましょうか」

 安藤は下駄を脱いで靴下とスニーカーに履き替える。

「これでお帰りですか?」尋ねたスタッフも身の危険を感じているせいか、声が震えている。

「はい。でもその前に、帰りに早い晩御飯を食べてから帰ります。みなさんも行きませんか? とっても美味しいおでん屋さんですよ」安藤は満面の笑みで答えた。

 山を降りてから二時間後。時計は夕方の五時を回っていた。安藤は港の外れにあるおでんの屋台にいた。安藤の今日の晩御飯は、ここのおでんらしい。

「こんばんは! ビールといつものやつ!」

「いらっしゃい! おっ、安藤さん。今日も来てくれたのかい?」

 明るく元気な安藤の挨拶に、おでん屋も元気に答えた。先程のケーブルカーの運転手とは違い、ここは本当になじみの店らしい。

「ゲンさん。あのちくわ本当に美味しいよね! 昨日貰ったばかりなのにもう半分しか残っていないよ!」

「えっ! 半分? 今日だけで三十本も食べたんですか?」

「こちらのスタッフさんにも少しあげたからね」

 どうやら我々撮影スタッフがケーブルカーで貰ったちくわはこのおでん屋のものだったらしい。

「安藤さん。今日も山へ登ったのかい?」

「もちろん。天気予報は山に限るからね」

「明日の天気はどうなんだい?」

「知りたい?」

「ええ」

「明日になれば分かるよ」

 

 今、最も当たらないお天気お姉さん安藤小春。自由過ぎる彼女の天気予報は明日も全国で大荒れになるだろう。