鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

手紙預かり屋

今週のお題「あの人へラブレター」

 

 わたあめのようなふわふわと軽い雪が降る中、男は真っ赤な郵便ポストの前に立っていた。黒いコートにしがみつく白い雪は体温ですぐに溶け、透明な水となってコートの上をするりと流れ落ちていく。頭の上にそっと積もった雪もまた体温で溶け、同じように透明になって、顔をなぞってやっぱり地面に落ちていく。

「今時、手紙なんて時代遅れだよな……」

 手紙、電話、メール。時代が流れてデジタル化が進んだ現在、連絡手段として手紙を使う人はほとんどいない。実際、男が手紙を書いたのも子供の頃以来であった。

「手紙を出すかどうかで迷っているのですか?」

 男の背中から誰かが声を掛けた。男が驚いて振り返ると、小柄で人のよさそうな顔をした茶色い帽子とコートの白髪の老紳士が立っていた。

「ええ、まあ」

「店の中から見ていましたが、もう三十分は経っていますかね? 雪も降っていることです。このままでは風邪をひきますよ。良ければ私の店に来ませんか? 今のあなたにはうってつけの店だと思いますよ」

「喫茶店ですか?」

「いいえ、手紙預かり屋です」

「手紙預かり屋?」

「あそこの店です。きっとお役に立てると思いますよ」

 老紳士が指を差した方を見ると、そこには今にも雪の重みで潰れてしまいそうな古い木造建てがあった。看板もなく、営業しているかどうかも分からないような店だった。男は『手紙預かり屋』という聞いたことのない店に興味を持ち、勧められるまま店へと向かった。 店に入ると、まず目に入ったのが、年季の入った茶色い丸テーブルとテーブルを挟んで向かい合うワインレッドの皮張りソファーだった。奥には住居に繋がっているだろう扉があり、左の窓の下には灯油ストーブが柔らかいオレンジ色の炎を揺らめかせながら部屋を暖めていた。

「こちらにおかけになってお待ちください」

 男は言われるままソファーに腰を掛ける。

「おっ……」

 思っていたよりソファーが沈んだため、男は驚きのあまり声を出してしまった。男は動揺を隠すため、あたりを見回すことにした。

「あっ……」

 男は店の中の異様な光景に気付き、さらに驚いて声を出してしまった。 店に入った時は気づかなかったのだが、壁の色だと思っていた焦げ茶色は、壁ではなく沢山の引き出しがある家具だった。手のひらほどの大きさの正方形の引き出しの表には、それぞれカタカナ一文字が小さく黒い筆文字で書かれていた。 骨董品のような家具で囲まれた部屋に、灯油ストーブ。店内のレトロな雰囲気は、小さい頃、祖父の家で感じたような懐かしさがあった。

「変わっているでしょ? 元々は薬棚として使われていた骨董品です。見慣れないものだからか、みなさん驚きますよ」

 微笑みながら老紳士が白いティーカップで紅茶を出してくれた。 鼻腔をくすぐるこのフローラルな香りはダージリンだろうか? レトロな雰囲気の中で飲む紅茶は、雪にさらされて冷えた男を芯から温めた。

「私も一緒にいいですかな?」

「もちろんですよ。ところでここは、どういう店なのですか?」

 男は温かい紅茶をすすりながら質問をした。

「ここは、誰かが誰かに宛てた手紙を保管し、それを読むことができる店です」

「他人の手紙を読むのですか? それは悪趣味というものでは? それに知らない人に当てた手紙を読んで面白いのでしょうか?」

「面白いかどうかは人それぞれですね。手紙は素人が書いたものですから、本屋に並ぶような綺麗な文章が書かれているわけでもありませんし、何を言いたのか分からない支離滅裂なものもあります。ですが本屋で買って読むことができないような、この世でたった一つの想いが手紙には詰まっているのです」

 目を輝かせながら手紙の良さを語る老紳士との温度差を感じながら、男はさらに質問をした。

「これらの手紙はどうやって集めたのですか? まさか盗んだとか?」

「いえいえ。人の想いが詰まったものを盗むなんて、そんな罰当たりなことはしませんよ。これらの手紙は書かかれた人、貰った人がここに預けていったものです」

「なぜ手紙を預けるのですか?」

「あなたも手紙を貰ったことがありますよね?」

「もちろん、あります」

「その手紙はどうしましたか?」

 男は小さい頃に貰ったラブレターを今でも大切に引き出しの奥にしまっていることを思い出した。

「大切に保管しています」

「あなたは一人暮らしですか?」

「ええ、そうですけど」

「では、仮の話をしましょう。あなたに奥さんがいるとして、以前付き合っていた彼女から貰った手紙を大切に保管していたとします。それを奥さんが見つけたらどう思うでしょう?」

 男は少し考えてみた。男にとって貰ったラブレターは勲章だが、逆の立場ならあまり気持ちのいいものではないかもしれない。

「嫌かもしれないですね」

 歯切れの悪い答えだが、男にはそう答えるしかなかった。

「それでは、その手紙はどうしますか? 捨てますか?」

「捨てるのはちょっと気が引けるかな……。でも、持っていても気まずいし……」

「みなさん同じですよ。だから、ここに預けていくのです」

 老紳士は満面の笑顔で両腕を広げて、狭い室内を誇らしげに披露していた。

「預ける理由は分かりましたが、他人に読まれるのは平気なのでしょうか?」

 老紳士は白いティーカップを手に取り、一口だけ紅茶をすすり、一息つく。

「そうですね。やはり、人それぞれということではないでしょうか」

「そういうものですか?」

「まあ、細かいことはいいじゃありませんか。さて、本題に入りましょうか……」

 そう言って老紳士は席を立ち、三つの引き出しを選び、それぞれから一つずつを何かを取り出した。

「あなたにお勧めなのはこの三通だと思われます。まず手始めに、こちらを読んでみませんか?」

 テーブルに『キの九』、『コの二十四』、『ユの二十九』と書かれた三つの白い封筒が並べられ、その内、『キの九』と書かれた封筒が男の前に置かれた。

「本当に他人の手紙を読むのですか?」

「もちろんです」

「勝手に読んでいいのですか?」

 男は手紙という他人の秘密を覗くこと自体に興味はあったが、罪悪感を感じ少し不安になった。

「手紙を預かる時に、対価として他人に見せることを了承してもらっていますので、大丈夫です」

 他人に手紙を見せることを了承するという状況が想像できず、男の不安がさらに増した。関わりあいにならないほうがいいのではという気持ちが強くなり、あまり気乗りしなかったが、老紳士の無言の圧力に負けて、差し出しされた封筒を手に取り、中から白い便せんを取り出して読み始めた。

 

『水野さんへ

 昨日は迷惑をかけてすみませんでした。本当に配慮に欠けていました。もう二度とこんなことはしません。だから、俺のことを嫌いにならないでほしいです。あなたにふさわしい男になれるよう頑張ります。時間はかかると思いますが、絶対、変わってみせます。もう一度、チャンスをくれませんか? よろしくお願いします。

 藤本』

 

 手紙には、お世辞にも綺麗とは言えない字で、男から女への謝罪が書かれていた。

 「これは謝罪文というより、ラブレターでしょうか? この手紙からは何をやったのかまでは分かりませんが、過ちを悔いて生まれ変わろうとしている決意は伝わってきました。この男性は本当に彼女のことが好きなんですね」

「恋は盲目といいますからね。彼もまわりが見えなくなって失敗したのではないでしょうか? まあ、これは私の推測ですがね。では、次にこちらなんてどうでしょう?」

 今度は『コの二十四』と書かれた封筒が男の前に差し出された。

 男は封筒を手に取り、中から水色の便せんを取り出して真剣に読み始めた。

 

『健介さんへ

 あなたと私では一回りも歳が離れています。でも、あなたは私が年上であることを全く気にしないと言ってくれました。本当に嬉しかったです。今はそんなに気にならないかもしれませんが、私はすぐにおばあさんになってしまいます。あなたはいつも笑顔で若々しくて私みたいなおばさんと一緒に並んで歩くと親子に間違われるかもしれませんよ? こんな私より若くて優しくてかわいい女性があなたにふさわしいと思います。もっと早くあなたに会えていれば違った結果になっていたかもしれませんね。あなたにかわいい彼女ができることを心から願っています。好きだと言ってくれて、ありがとうございます。

 静江』

 

「これは女性の手紙ですね。先程の手紙と比べ落ち着いた大人の手紙だと思います。女性も相手の男性が好きなのに、それでも男性の将来を考えて身を引こうとしている。細かい事情はよく分かりませんが、この二人はいいパートナーになれそうな気がするな。ご主人、あなたはこの二人がその後、どうなったのか知っていますか?」

「いえ、私は手紙を預かりはしますが、その場で読むことはないので……。今頃どうしているのでしょうかね?」

「二人には幸せな人生を歩んでもらいたいですね」

 余韻に浸る男の顔を老紳士が覗き込む。

「どうです? 手紙もなかなか面白いものでしょ?」

「ええ、想いが詰まっているという意味がよく分かりました。手紙にはドラマがありますね」

「ふふっ。手紙の面白さを分かってもらえましたか。さて、こちらが最後となります。実は、こちら昨日預かったばかりのものなのですが、ぜひともあなたに読んでもらいたい一通です」

 今度は『ユの二十九』と書かれた封筒が男の前に差し出された。 男は老紳士から渡された『ユの二十九』の封筒を空け、桜色の便せんを取り出して食い入るように読み始めた。

 

『暁さんへ

 私は初めてあなたにお会いした時から好きでした。あなたは真面目で一生懸命なのに面倒くさがりだったり、手先は器用なのに世渡り下手で、優しいのに自分勝手だったりと、本当によく分からない人です。でも、あなたと一緒にいると私は自然体でいられます。たまに子供っぽいなと思うこともありますが、そんなところも私は好きです。私とお付き合いしてみませんか?

 彩香』

 

「えっ? そんな……」

「どうしました?」

「この手紙、俺と同じ暁という名前の男性に向けたラブレターでした。送り主の名前も俺がラブレターを送ろうとした彼女と同じ名前です。偶然でしょうか? すみません。この手紙の彼女と彼はどうなったのか知っていますか? ここにあるということは、二人は結ばれなかったということでしょうか?」

「この世界は本当に面白いもので、運命のいたずらというものがあります」

 老紳士が立ち上がり、店の奥から桜色の封筒を持ってきた。

「こちらは事前に本人の承諾を得ていますので、その手紙が元々入っていた封筒をお見せします」

 封筒に書かれた名前と住所を見て男は立ち上がった。

「やっぱりこれは俺です! この手紙は彼女が俺に宛てた手紙です!」

「そうみたいですね」

「なぜ、これがここに……」

「彼女も昨日、この手紙を持ってあのポストの前に立っていたのです」

「……」

「似た者同士ということですね。微笑ましい」

「負けられない!」

「えっ?」

「俺が書いたラブレターは他の人が書いたものと比べると物足りないし、彼女の手紙よりも愛が足りない。彼女がこれを出さなかったのは、他の手紙と比べて満足しなかったからだと思います。もう一度、書き直して誰に負けない最高のラブレターを完成させてみせます!」

「お二人の気持ちは同じなのですから、もうラブレターを書く必要がないのでは?」

「俺の手紙を預かってください。今度ここに来る時は、これより素晴らしいラブレターを持ってきますので」

 男は自分が書いた手紙をテーブルに置いて店を出て行った。

「はははっ。本当に似た者同士カップルですね。お二人とも大層な負けず嫌いだ」

 老紳士は微笑みながら、丸テーブルの上の空になったティーカップを片づけて、店の奥から持ってきた白い封筒とペンを持ってソファーに座った。封筒に『アの二十五』と書いて男の封筒から手紙を取り出して移し替え、アと書かれた引き出しの一つに静かにしまった。

 ガチャ

 店のドアが開き、黒いコートを着た女が一人入ってきた。

「おじいさん。これを読んでくれませんか? これなら彼に私の気持ちを余すところなく伝えられると思います」

「まあまあ、お嬢さん、落ち着いて。その前に一つ読んでもらいたい手紙があります。ちょうど先程預かったばかりの新しい手紙なのですが……」

  女は差し出された手紙を読んで笑みを浮かべ、灯油ストーブの柔らかいオレンジ色の炎のように揺らめきながら喜んでいた。