鉄仙のショートショート

2012年に若年性パーキンソン病を発症。アマチュア作家。

幻日(げんじつ) 第7回

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 楼門と同じく黒く見えた三光門も、近づいてよく見ると茶褐色であった。色合いにムラがあるので、楼門と同じく長年の雨風により、色に深みが増したのだろう。金色だけで縁取られていた楼門と違い、こちらはとこどころエメラルドグリーンの鮮やかなカラーで彩られていた。門の中央上部には、金とエメラルドグリーンで飾られた額が飾られており、中心には天満宮と書かれている。三光門も楼門と同じく、梁を支える部分が白く塗られており、全体として重くなりがちな門の色を明るくしていた。
 三光門を下からのぞくと、門の内側の梁にも装飾が施されていた。入り口側には緑や青の雲からのぞきだした赤く丸い彫刻があり、出口側の内側には黄色の丸い形が同じように彫られていた。

「これが星欠けの三光門か……」私は、梁の内側をのぞきながらつぶやいた。
「三光門の三光は」妻はガイドブック片手に言った。「太陽、月、星の三つなんだけど、太陽と月の彫刻はあるのに、星の彫刻だけは、ないんだって」
「ああ、こっちの赤いのが太陽なら、黄色いのが月か」私は独り言のように言った。
 妻は門の外を見ながら、眉間にしわを寄せて腕組みをしていた。
「どうしたの?」私は、妻に声を掛けた。
「これ」妻は出口側の上の方を指差した。「月じゃない?」
 屋根の下の欄間には、二匹の白いウサギと銀色の三日月型の彫刻があった。
「もしかして、三日月?」私は自信なさげに答えた。
「だよね。三日月に見えるよね。さっきの丸い黄色は満月じゃなくて星なんじゃないかな」
「えっ? でも、神社の人が『星欠け』って言ってんでしょ?」
「何? 私より神社の人が正しいって言うわけ?」妻の顔つきが鬼になった。
 あえて言うのもなんだが、私の妻は美人だ。笑うと、とても可愛い。可愛いのだが、たまに鬼になる。節分が来たわけでもないのに鬼が出る。
「……そうだね」鬼が出ると、私は弱くなってしまう。「あれは紛れもなく三日月だね。うん、間違いないよ」
「本当にそう思っている?」妻は、私の顔をのぞき込みながら、にらみつけた。
「ほら、早くお参りしないと、混んできちゃうよ」私は逃げるように本殿に向かった。
 財布から五円玉を取り出して賽銭箱へと静かに投げ入れ、鈴から垂れ下がった紐を左右に振った。
 カランカラン。小気味良い音が境内に響いた。
 私は姿勢を正して二礼二拍一礼し、頭を下げた。
 パンパン。私の横で乾いた音が響いた。
 顔を上げて横を見ると、真剣な顔で妻も手を合わせていた。
 私は妻の笑顔も好きだが、この真剣な顔も好きだった。

 本殿の裏側にまわり、『裏の社』も参拝すると、正面に戻って本殿を背に左、対面するように並んだ灯籠の中に大黒天の灯籠があった。灯籠の台座部分には、大黒天が刻まれており、大きく口を開いて笑っていた。
「これこれ! これを探していたの!」興奮しながら大黒天の灯籠前に、妻が立っている。
「これも七不思議?」妻との温度差を感じながら、私は尋ねた。
「大黒様の口に石を置いて、落ちなかったら財布に入れるの」妻はガイドブックを見ながら言った。「一生、お金に困らないんだって」
 大黒天の口は、多くの人が石を置き続けてすり減ったせいか、口の受け部分は形がほとんど残っておらず、石を置いても落ちそうである。
「これ無理なんじゃない? 口んとこ、削れているよ」
「やる前から諦めちゃダメでしょ? ほら、なるべく小さい石を探してよ」
 妻に命令されるまま、しゃがみ込んで石を探してみるが、小さい石はそこらじゅうに落ちていて、どれが妻の望む石なのか、私には分からなかった。顔を上げて妻の方を見ると、妻は真剣に小石を吟味していた。細い指で小石を一つつまむたびに、しゃがんだまま空へとかかげては、石の形を確認していた。
「よし、これに決めた」選び出した石を握りしめて、妻は立ち上がった。
 妻は大黒天の灯籠前にしゃがみこむと、人差し指と親指でつまんだ白い小石を大黒天の口へと伸ばす。
 真剣な妻の表情に、私は息を飲んだ。
 妻は、大黒天の口に小石を乗せると、そのまま姿勢を崩さずに、静かに小石から指を離した。
 私たちの視線は、指を離した後も、そのまま小石に集まったままだ。
 妻の指も、大黒天の口からは離れていたが、いつでも小石に触れられる距離にあった。
 ――落ちない。
 小石は、落ちなかった。
 次の瞬間、小石が消えた。驚くほどの速さで、妻が小石を取り上げていたのだ。
「よし!」妻は小石をしっかりと右手で握ると、立ち上がって、私へと突き出した。
「え? 何?」私は戸惑った。
「財布に入れて」
 私は、片手がふさがっている妻の代わりに、妻の左肩に掛けられた茶色のポーチに手を伸ばした。
「違う。君の財布に入れるの!」
「俺の?」私は自分を指差しながら驚いた。
「いいから早く!」
 言われるまま、財布の小銭入れを開くと、妻はその中に小石を入れた。
「俺の財布で良かったの?」
「これでいいの。同じことなんだから」妻は目を細めて微笑んだ。

 電子決済が浸透し、お賽銭すら電子マネーで払うことが当たり前になった現在、私も財布を開くのは、月に一回ぐらいになっていた。小銭入れを開くのも実に五年ぶりであった。
 私は、祈る気持ちで小銭入れをのぞいた。
 小銭入れの底には、思い出の小石が残っていた。
 太い指で小石をつまんで空にかざすと、白い小石は太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。あの頃の妻の笑顔のように、輝いていた。

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