鉄仙のショートショート

2012年に若年性パーキンソン病を発症。アマチュア作家。

幻日(げんじつ) 第1回

 

 窓から差し込んだ朝日で、私は目を覚ましてしまった。
 高級ホテルの眺望を満喫するために、カーテンをあけてライトアップされた京都タワーを見ながらベッドに入ったのが、間違いだったのかもしれない。
 まどろみの余韻に浸りながら時刻を知るために顔だけを動かすも、ベッドから見える範囲に時計を見つけることはできず、頭の上のベッドボードに手を伸ばしてから、腕時計を家に置いてきたことを思い出した。
 ――仕方がない。起きるか。
 目をこすりながらゆっくりと体を起こすと、肌触りの良い弾力のあるカーペットの上を裸足で歩き、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターに口をつける。渇いた大地に染み込む雨のように、全身に水分が行き渡って、私は目を覚ました。
 ソファーに腰を下ろして、テーブルの上に置かれたスマホで時刻を確認すると、朝の六時だった。いつもならまだベッドで眠っている時間である。
 ホテルのナイトウェアを脱いで、ベッドの上に放り投げると、中まで丸見えのガラス張りのバスルームでシャワーを浴びた。勢いよく水を流したまま目を開くと、目の前の大きな鏡には、くたびれた五十代の男の顔が映っていた。
 ――老けたな。
 毎朝、飽きるほど見ていたはずの自分の顔に、私は初めて老いを感じた。目尻は垂れ下がり、額には年月が刻んだシワが横に数本走っていた。頬は重力に負けて垂れ下がり、あごの下には柔らかな丸みがだらしなくぶら下がっていた。
 結婚してから二十年。年月として数えると長くはあるが、振り返れば一瞬だった。小心者の私にしては、随分と大きな決断をしたと、今でも不思議に思う。世間の常識というものに追い詰められて、決断してしまったのかもしれない。
 私は必死だった。自分以外にもう一人の人生も背負うことになり、世間の目というプレッシャーを自覚するようになってからは、妻を幸せにすることだけを考えた。出世することだけを考え、誰よりもお金を多く稼ぐことが、夫としての使命だと、私は思い続けていた。
 バスルームを出て部屋に戻ると、掛け布団が乱れたベッドと、誰も手をつけていない綺麗なベッドが並んでいた。この一室はベッドが二つあるツインルームだった。乱れていない綺麗なベッドの方に腰をおろして、誰もいないベッドに手を置いた。
 ――どうして……。
 このベッドには、妻が眠っているはずだった。
 ここ京都は、二十年前に一度だけ、当時付き合っていた妻と一緒に来た思い出の街だった。
 ――どうして、ここに、君がいないんだ。
 私の頬を涙がつたっていた。

幻日(げんじつ) 第2回