鉄仙のショートショート

2012年に若年性パーキンソン病を発症。アマチュア作家。

充実した一日を過ごしたとは何か。

 充実した一日を過ごしたとは何か。

 1日は24時間。6時間睡眠で活動時間は18時間。8時間睡眠で活動時間は16時間。活動時間のすべてが有意義な時間ではないため、単純に活動時間の長さだけでは、充実した一日を過ごしたかどうかを判断することはできない。

 では、有意義な時間とは何か。物事の価値は、それを判断した時点とそれ以降の時間経過により価値が変化することが多く、普遍的な価値を決めることは不可能である。そのため、有意義な時間について、ある瞬間を切り取って判断することは難しい。

 ただし、観測として一定の瞬間を決められた間隔で切り取り、観測対象の人物の生活環境を事細かく分析すれば、『一定期間の人生において』という条件付きではあるが、人は有意義な時間を過ごすことができたのかどうかを判断することができる。

 なぜなら、人は、喜怒哀楽、心を揺さぶる体験を得たとき、その後のあらゆる選択において、それまで選ばなかった新しい選択を求める傾向が強いからである。これは人類に与えられた進化への探究心によるものであり、感情こそが、その道しるべであるためである。

 人が変化をおそれるのは、今より環境が悪化することへの不安であり、それ自体は人の本能によるものといえる。環境の維持は、何もしなければ維持できないほどの外部からの干渉に対する逆方向の変化であり、これもまた変化である。

 しかし、外部からの干渉は日々変化する社会環境を反映したものであり、その変化を受け止めず、人類の総意として発達した社会環境ではなく、すでに廃れた社会環境に適した自己の環境を維持することは、遠い未来において、時代に取り残されるおそれを内包することになる。

 すなわち、維持するための変化は、一時的な心の平穏を約束するものではあるが、将来的には、社会の変化に対応できない自己を作り出すことになる。

 つまり、充実した一日とは、平穏な一日を過ごす一日ではなく、有意義な時間を過ごした結果、つまり遠い未来の社会を見据えた自身の変化に繋がる体験をすることではないか。