鉄仙のショートショート

2012年に若年性パーキンソン病を発症。アマチュア作家。

若年性パーキンソン病は、ハンデではなくウエイトだ。

 私の持病である『パーキンソン病』は、不治の病であり、病気の扱いとしては重病となる。病気の症状は多岐にわたり、症状の一つに『うつ病』があるぐらい、あらゆる病気の症状を発症するやっかいな病気だ。体が思うように動かず、心も元気が出ない人が山ほどいるのが、この病気の特徴だ。

 面白いことに、この病気を発症したとき、2種類の人間が生まれてしまう。『諦める人』と『諦めない人』だ。

 さて、この2種類の人間のうち、どちらが人生を楽しく生きているだろうか。答えは意外と思うかもしれないが『諦める人』だ。

 『諦めない人』は、自分が病人であることを受け入れず、健康な人と同じ人生を歩もうとして苦しむことになる。それに対し、『諦める人』は、病人だと分かった時点で、自分の病気は治らないなら、これからどのように生きたらいいのだろうかと考え出す。

 早い段階で方向転換すれば、病気が悪化して身動きできなくなる前に、自分の症状にあった新しい生活に変えることができる。何事もそうであるが、方針転換は早いほうがリスクは少なくて済む。

 ただ、この新しい生活が楽なものかといえば、そんなことはなく、健康なときよりも大変なことのほうが多い。人並みに動く体を維持するために、健康な人の何倍も体を鍛えたり、仕事を辞めて自分に向いた仕事ができる会社を作ったりと、誰から見ても茨の道のような人生を歩まなくてはならない。

 しかし、『諦めた人』は『諦める勇気』を持っているため、それまでの楽な生活を諦め、険しい茨の道を傷だらけになりながらも歯を食いしばって突き進んでいく。彼らが道を突き進んで、ゴールについたとき、そのゴールは健康なときには絶対に到達できなかったはるか高みになっているはずだ。

 私は、この病気になって気づいたのが、人を大事にすることと、時間の大切さだった。それまで一人で生きていけると思っていたものを、病気になって頻繁に病院に通うようになって初めて自分の弱さに気づき、体が少しずつ自由に動かなくなってきて、寿命と老化を意識するようになった。

 それらは健康なときには気づけなかったことであり、私が病気になった対価として得たものだと思っている。

 そして、その対価によって、誰よりも頑張れる根性が、日に日に培われていくのだ。

 人という生き物は、試練がなければ強くはなれないが、試練を避けて生きようとする。無理矢理、試練を突きつけられない限り、乗り越えようとはしない弱い生き物なのだ。

 パーキンソン病は、症状だけを見ればハンデのように見えるが、能力をあげるウエイトのようなものだと、私は思っている。