鉄仙のショートショート

2012年に若年性パーキンソン病を発症。アマチュア作家。

作風を完成させるに至った12冊

 会社員をやめるとき、私にも人並みに不安はあった。

 本当に毎日小説が書けるのだろうかという不安だ。

 金銭的な不安もあったが、映画館でエンドロールが終わるまでトイレを我慢できるのかどうか程度の不安でしかない。貯金が潤沢というわけではなく、一年先を考えれば、しゃれにならん状態ではある。それでも何とかなるという手応えがあった。

 人は変わるもので、悪人は善人になり、善人は悪人になる。

 変化の速さに違いがあるだけで、行き着き先は真逆である。

 それが変化というものなのだ。

 白がより白く、黒がより黒く変わったところで、そんな変化は自分も他人も確認することは難しく、変化を認められる事象とは、白がグレーになったときか、黒がグレーになったときぐらいなものだ。

 つまり、変化を認めることができるのは、真逆の性質に変わりつつある経過、または結果となる。

 この変化の速さに差がありすぎると人間関係は往々にして上手く行かない。結婚してから、パートナーの性格が変わってしまったというのがいい例だろう。結婚すれば、お互いの生活習慣に合わせるので、性格の変化は当然の事象なのだが、差がありすぎると、変化に取り残された側は強いストレスを感じてしまい、パートナーの変化を疎ましく思う。夫婦ともに同じ速さで変化を続けていれば、お互いの変化に気づかず、違和感も感じない。それこそが夫婦のあるべき姿なのだが、夫と妻が接する社会の性質が大きく異なるため、変化の速さをそろえることは難しいらしい。

 やや脱線してしまったので、本題に戻そう。私の場合、病気になったことで、『人生』というものに対する考え方に大きな変化が起きた。その副産物として、私は精神を病み、今では考えられないことを過去に色々やってしまった、らしい。不治の病で、進行性。体が思い通りに動かなくなる。痛み止めを飲んでも一日中、体が痛い。働き盛り、遊び盛りの三十代の男なら、自暴自棄になって当然である。

 わかりやすく言えば、毎日、右手の親指から順番に動かなくなっていくと想像してもらえばいい。10日も経てば、両手は全く動かなくなるのだ。

 実際はそれほど進行は速くないが、体感はそのような感じである。残りの人生を数えて焦るような生活が始まるのだ。

 それでも、私が前向きな性格なのは、過去をすぐ忘れてしまうからなのだろう。たまに写真やブログを読んで、記憶し直すようにしているが、正直、全く覚えていない。最近では、解離性同一性障害を疑われたりもした。確かに、私は虐待を受けた過去はある。だからといって、私は自分が不幸だとは思っていない。「幸せか?」と聞かれれば「幸せだ!」と答える。自慢するのも何だが、私は人に恵まれている。死にたくなったら、女性が優しくしてくれる。太宰治みたいな人生である。

 そんな体験から、『記憶が感情を作り出す』という結論にたどり着き、私は、それをテーマに小説を書いて公募に送ることができた。

 自分とは何か? 人間とは何か? ということを考えれば、小説のネタに尽きることはないというのが私の考えである。そのぐらい、人間という生き物はよく分からない生き物なのだ。

 冒頭に戻るが、私が小説家として食べていけると思ったのは、当時、書いていた原稿(『希望のジレンマ』)であり、生まれて初めて書いた『かぎろい』という小説ではない。あれは若年性パーキンソン病について理解を求めるためのものであり、エンタメ性の極めて低いものだった。それでも一定の評価は得られたが、さすがにあれで小説家になれると思えなかった。会社員をしながら、二作目(完成順で言えば、三作目)にあたる『希望のジレンマ』を執筆していたとき、自分に生まれてきた理由があるとすれば、これを世に出すためだと確信した。執筆開始時点では、完成させるために必要な技術が備わっていなかったため、途中で執筆を止め腕を磨くことにした。

 私は運命論を信じる者なので、何とかなると思って退職を決意した。その後すぐに、京都文学賞の存在を知り、京都をテーマに小説を書くことを決め、締め切りまで一ヶ月しかないなか京都へ飛んだ。

 京都まで直通の飛行機はなく、大阪の関空で降りてからも移動が長かった。その移動時間を持て余さないために買ったのが『すべてがFになる』だった。理系ミステリーという、なんとも難しそうな触れ込みで避けていたベストセラーだったが、読み始めれば面白く、旅行気分を忘れて宿泊先のホテルで読みあさった。物語の面白さもあったが、そこには私が求めていた『小説の技術』があった。

 それまでいくつか小説は読んできた。(備忘録として、最後まで読み切れた以下の12冊を残しておく。) 

容疑者Xの献身 (文春文庫)

容疑者Xの献身 (文春文庫)

 
贖罪 (双葉文庫)

贖罪 (双葉文庫)

 
サマーウォーズ (角川文庫)

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遊戯 (講談社文庫)

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星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

 
情事の終わり (実業之日本社文庫)

情事の終わり (実業之日本社文庫)

 
羊と鋼の森 (文春文庫)

羊と鋼の森 (文春文庫)

 
ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

  • 作者: 森見登美彦,くまおり純
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/11/22
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人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)

人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)

 
13階段 (講談社文庫)

13階段 (講談社文庫)

 
異邦の騎士 改訂完全版

異邦の騎士 改訂完全版

 
すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

 

(『すべてがFになる』を含む『S&Mシリーズ』は、私と相性が良く、今現在残りのシリーズを読んでいます。 )

すべてがFになる【S&Mシリーズ全10冊合本版】 (講談社文庫)

すべてがFになる【S&Mシリーズ全10冊合本版】 (講談社文庫)

 

 『すべてがFになる』を読んだとき、私は、小説家になるために必要な最後のピースを手に入れたと確信した。

 長編小説を書こうと思い立ってから12冊目で、作風が確立できたのは、とても恵まれていると思う。

 私は『容疑者Xの献身』『贖罪』『サマーウォーズ』の3冊しか長編を読まずに初長編『かぎろい』を書き上げた。出来に関してはイマイチではあるが、長編を完成させるという壁を乗り越えられない作家志望が多い中、仕事をしながら二ヶ月で書き上げたことは評価された。

 それから9冊読んで、やっと最低ラインを越える作品が書けた。小説を書くために、たくさんの本を読めと言われるが、良質な本なら10冊も読めば小説は書ける。ただ、漠然と読むのではなく、表現や構成を読み解くように読む必要はある。娯楽というよりも分析するために読むことになる。

 プロの名作を読みながら小説を書いていると、自作の足りないところが浮き彫りになる。私の場合、表現のレベルが足りない。色んなジャンルの名作をあと90冊は読まないとダメだろう。

 今は、表現の勉強をするために、モーパッサンも読んでいる。

脂肪の塊・テリエ館 (新潮文庫)

脂肪の塊・テリエ館 (新潮文庫)

 

 たくさん本を読まなくてはならないのだが、世の中には本が溢れ過ぎていて、どれを読めばいいのか分からない。困ったものである。