鉄仙のショートショート

2012年に若年性パーキンソン病を発症。アマチュア作家。

SNSの世界は遅効性の猛毒かもしれない。

 SNSと言えば、TwitterやFacebookが有名である。

 どちらもやったことはあるが、Twitterはアカウントを何度か作り直して、Facebookはアカウントを消した。

 企業の新商品発売情報などは役に立つが、個人のつぶやきや自慢写真を見ても、メンタルが削られるだけで、これといって得るものはない。

 Facebookで頻繁に写真を投稿する人には共通点があって、『○○を食べました』『○○さんと一緒です』『○○にいます』といった状況説明である。それに対し、フォローしている人たちは、賞賛の声を上げ、自分が同じような写真を投稿すると他の人が賞賛する。お互いに褒め合う世界なのだ。

 私はむなしく感じた。写真で自慢できることがないので、取り残されてしまったというのもあるが、実際、楽しい時間を過ごしていたら写真を撮る時間はないし、何よりそういう時間は知らない人に見せるようなものではないと思うからだ。Facebookの世界は、私のいる場所ではなかった。

 Twitterの世界も私には合わなかった。Facebookと違い写真はほとんど投稿されないし自慢も少ないが、代わりに愚痴や批判が目立つのだ。ネット懸賞やクーポンなどのメリットがあるのでアカウントは残しているが、あそこで何かつぶやこうとは思わない。

 Facebookと違い匿名が多いTwitterでは、無責任な人ほど声が大きい。人を責めるときだけは大きな声だが、逆に責められるとブロックしたり鍵をかけて逃げる。世間には受けいられない人たちが似たような境遇の人たちと固まって現実逃避している世界なのだ。

 SNSの世界は決して悪い世界ではない。現実から一時的に逃げて、メンタルを癒やす場所としてはいい場所だ。しかし、長居しすぎると思想が固まってきて、他者を受け入れられなくなってしまう怖い場所でもある。居心地のいい場所というものは、気づかないうちに自分を弱らせるものである。入院して長い間歩かないでいたら、足の筋肉が弱ったといったようなものだ。

 自分というものをしっかり持っていないと、人はどこまでも堕落する。楽な道を選んでいて幸せになれることは、まずない。だからといって、険しい道を選んで進んだからと言って、絶対、幸せになるかといえば、そうでもない。

 ただ、優しい世界にいると人は弱るが、厳しい世界にいると人は強くなれる。

 SNSは朝、晩に10分ほどチェックするだけが健全な使い方ではないだろうかと私は思う。