鉄仙のショートショート

2012年に若年性パーキンソン病を発症。アマチュア作家。

子供の頃はビックリマンが全てだった。

 私が小さい頃、おやつと言えばビックリマンだった。

 ビックリマンはロッテが販売していたシール付きお菓子で、子供たちは店でビックリマンを見つければ、ありったけの小遣いで買えるだけ買った。あまりに人気になりすぎて、お店に入荷される数も少なくなり、私の近所の店では一人3個の購入制限がついた。近所の誰かが駄菓子屋でビックリマンが売っていたと言えば、子供たちは100円玉を1枚握りしめて店に走ったものだ。

 当時のビックリマンの値段は1個30円で、私はいつも、ビックリマン3個と当時10円のうまい棒を買っていた。

 私のお小遣いは、小学校1年生で100円、2年生で200円、3年生で300円……という一年おきに100円上がるシステムだったので、ビックリマンを買うだけでお小遣いの大半がなくなってしまった。私の家はあまり裕福でなかったので、他の家と比べるとお小遣いは少なく、私のビックリマンを買う資金力は、友達と比べて少なかった。

 ビックリマンには、天使、お守り、悪魔という3種類のシールがあり、天使は当たり、お守りは外れ、悪魔は大外れで、3個買ったビックリマンが全部悪魔だったりしたときには、絶望のどん底に落とされたものだ。そんなビックリマンは30個1箱で売られていたのだが、その30個の中に1個だけヘッドと呼ばれるキラキラ光った大当たりのシールが入っていた。

 ヘッドは、子供たちの間では神のような存在で、ヘッドを持っている子供は、あがめられた。近所にシールを保管するアルバムを持ち歩く男の子がいて、頭を下げて見せてもらったアルバムの中身は、どのページをめくっても、キラキラ光ったヘッドがページを埋め尽くしていた。

  私もヘッドは数枚持っていたが、普段のお小遣いと遠足などの学校のイベントのおやつ以外ではビックリマンは買えなかったので、ページを埋め尽くすヘッドの光景は、神がっていた。

 私は嫉妬した。生まれて初めての嫉妬はビックリマンが原因だった。

 その男の子の親は金持ちだった。その子の家で遊んでいると、タッパに入った大量のビックリマンチョコがおやつとして出てきた。好きなだけ食べていいと言われて、私は遠慮なく食べた。お菓子の食べ放題なんて私の家ではあり得ないことだった。チョコとピーナッツをウエハースで挟んだビックリマンチョコは、お菓子としても完成されていて、シールだけでなくチョコも楽しめた。

 大量のビックリマンチョコは、その子の親が卸業者からコネで買ったもので、ヘッドのシールは、ビックリマンを箱買いして当てたものだった。運で当てたものではなく、金で集めたものだった。

 子供たちにとってビックリマンはただのお菓子ではなかった。嫉妬や絶望、喜怒哀楽、あらゆる感情がそこにあった。

 この世界の理不尽さを教えてくれたビックリマンだが、シールそのものも素晴らしかった。

 ビックリマンの生みの親、反後博士(たんごはかせ)を知らない子供はいなかった。ビックリマンはただのイラストの描かれたらシールではなく、裏には断片的なストーリーが書かれていた。

 ストーリーは当時の子供たちのバイブルであるコロコロコミックで紹介され、知れば知るほど、私たちはビックリマンにはまった。

 ピンチになったキャラクターが仲間の力でパワーアップしたり、一緒に戦った仲間が敵になったりと、予想を裏切る展開に子供たちは熱くなった。 

 特に、主役メンバーだったアリババがゴーストアリババになったエピソードは衝撃的だった。敵に捕まって洗脳されたアリババのエピソードは子供にとってちょっとしたトラウマものだった。あのエピソードでアリババファンになった人も多かったのはないだろうか。そんなアリババをおいて、楽観的でいつも笑顔のヤマトだけがどんどんパワーアップしたり、優等生の聖フェニックスがロココになって大活躍したり、大人になった今考えると、なんかやりきれないものがある物語でもあった。

 そんな私の人生に大きな影響を与えたビックリマンで、私が好きなビックリマンのキャラは一本釣神帝である。腹巻きして長靴履いている姿が庶民的で、親近感をもったのかもしれない。

 今でもビックリマンを見つけると買ってしまう。チョコを食べたいからでも、シールを集めたいからでもなく、あの頃に感じた何かを埋めるためなのだと私は思う。