鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』52

「お疲れさまでした」

 午後六時。退社時間を迎えて総務部のメンバーも次々と部屋を出て行く。金曜の夜ということもあり、いつもの残業メンバーも今日は三十分ほどで帰るようだ。

「お疲れさまでした。あれ? 佐伯さん残業? 急ぎあったっけ?」

 俺の横を通った岩井主任が立ち止まって声をかけてきた。

「お疲れさまです。いや、ちょっと締め切りがキツイものがありまして」

「何? 手伝う?」

 岩井主任は前のめりになって俺の机の上を見始めた。

「手伝ってほしいのはやまやまなんですけど。経理の仕事じゃないんで」

「例のプロジェクト?」

「はい」

「どれどれ、お姉さんに相談してみなさい」

「お姉さんって、年下ですよね?」

「いいから早く」

 強引な岩井主任に負けて、俺は締め切りから進捗状況まで全て包み隠さず話してみた。

「大変じゃない! なんでみんなに相談しなかったの!」

 先程まで笑顔だった岩井主任の顔から明るさが消え、不機嫌さが前面に出ていた。

「営業部の人はもうアルコール入っていますし、総務部の人には関係ないことですから……」

 俺は岩井主任の顔色を伺いながら、これ以上怒られないよう気をつけながら言い訳をした。

「はあ? 関係ない? 佐伯さんはどこの人ですか?」

 岩井主任の機嫌が最悪になったようで、語尾もきつく切れ気味だ。

「どこと言われましても……日本、いや札幌の人?」

「そんなこと聞いていません。佐伯さんは総務部の人ですよねと聞いているんです」

「すみません」

 こうなってしまうと俺も平謝りするしかない。正直、なぜ怒られているのか分からない。悪いのは俺でなく、営業部のはずなのに。どうして俺が怒られるのだろうか。

「総務部の仲間が困っていたら総務部が助けるに決まっているじゃないですか!」

「でも、これは、みなさんの手に負えない仕事ですよ?」

「何でそうかな? 佐伯さん、いっつも一人で抱え込んじゃうよね。総務に来たんだから、私たちに頼りなよ」

 「今日は金曜ですし、みなさん予定もありますから……」

「一人でできないんだから、みんなでやるしかないでしょ? 私に考えがあるから、佐伯さんはやるべきことを全てリストアップしておいて!」

「岩井主任帰らないんですか?」

「帰れないでしょ?」

 あれあれ? いつもは優しい岩井主任が今日はなんだか怖いぞ。怖いけど、それだけ真剣に心配してくれると思うと、まあそれはそれで可愛いな。

「面倒かけて、すみません」

「いいからリストアップしておいて」

「はい」

 不思議だ。俺は人から命令されることが死ぬほど嫌いなのに、岩井主任の言うことは何でも聞いてしまう。惚れた男の弱みというやつか。

「総務部にはもう残っていないけど、更衣室には残っている人もいるだろうから声かけてくるね」

「すみません」

 また、謝ってしまった。

「よし、行って来る!」

 勢いよく岩井主任が総務部を出て行った。

 残された俺は言われた通り、やらなければならない仕事をリストアップし、それぞれの進捗状況と資料をまとめ始めた。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』53へ続く