鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』49

 鈴原さんと後藤課長、それと未だに状況を飲み込めず狼狽えている営業部の梶原部長を残し、俺たちは会議室から総務部長室へと場所を移した。

 部長室のドアを閉めると俺は不動部長に問いただした。

「不動部長! 探偵を雇っていたのに、なぜ教えてくれなかったのですか? 今まで調べていた意味がないじゃないですか!」

「意味ならあったぞ。お前が犯人の目星をつけたから俺も探偵を雇えたんだからな。今回の探偵の費用は全部俺の自腹なんだぞ? 俺に感謝しろよ? 俺がいなければ、お前の濡れ衣は晴れなかったんだからな」

「はい。その点は、本当に、ありがとうございます」

 俺は深々と頭を下げた。

「佐伯、俺とお前の差は何か分かるか?」

 頭を上げて俺は考えた。不動部長と俺の差は何だろうか。部長と平という役職の差。一桁違いの収入の差。ビジネスパーソンとして、人としての知識と経験の差。差があり過ぎて、どれか絞れない。

「……色々ありますが、強いていえば、お金ですか?」

「違う。いや、金も多少はあるだろうが、大きな違いは人に任せたというところだ。お前は自力で、それも一人で何とかしようとしたが、俺は一人ではなく専門家に助けを求めた」

 「他人に頼ることは甘えなのではないでしょうか? それに私は、うちの営業部のような仕事の丸投げはしたくありません」

「甘えだと? 俺はそうは思わんな。人を信じろとは言わないが、人に任せることは必要だ。人ひとりでできることは限られているからな。人に任せるということは、任せる相手の力量や性格など把握する必要がある。これはマネージメント能力がなければできないことで、お前に足りないところだ」

 不動部長は、目線を俺から隣に立っている岩井主任へと向けて話を続ける。

「まあ、お前も今回の件で成長したんじゃないか? 彼女に協力してもらったんだろ?」

 隣に立っている岩井主任は、なぜだか顔を真っ赤にしてうつむいていた。気の強い岩井主任には珍しい表情だからなのか、ちょっと得した気分になった。彼女に言ったら怒られそうだが、こういう表情をもっと見たいと思ってしまった。

 

 総務部長室を出ると、岩井主任は顔だけでなく耳までも真っ赤にしたまま、俺に話しかけてきた。

「不動部長も変なこと言うよね。彼女ってさ。そんな関係じゃないのにね」

 心なしか岩井主任の声が弾んでいる。いつもより少し早口で、声のトーンも高い気がする。

「えっ? どういうことですか? 彼女って、ガールフレンドの彼女ですか?」

 俺はわざと、とぼけてみた。

「ん? それ以外に何があるの? 話聞いてた?」

 俺の言葉に、岩井主任がやや不機嫌になった。

「あり得ないですよ! 俺と岩井主任が」

「ふーん。そうだな。あり得ないな」

 先程までわずかに弾みを残していた岩井主任の声も、完全に平たく冷たくなっていた。どうやら俺は悪ふざけし過ぎたみたいだ。

「でしょ? イケメンでもなければ金もない、病人の俺に、こんなに可愛い彼女ができたら幸せ過ぎて死んじゃいますよ!」

 どさくさに紛れて俺は本音を言いいながら、俺は笑った。

「そうだな。佐伯さん、幸せ過ぎて死んじゃうな」

 岩井主任もそう言って大笑いし始めた。

 岩井主任が俺のことをどう思っているのか分からないが、俺は彼女が好きだ。こうやって一緒に笑えるだけで俺は幸せだ。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』50へ続く