鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』48

 一週間後、関係者だけが呼ばれた会議室では怒号が飛び交っていた。

「こんなのただの憶測じゃないですか! 言いがかりです!」 

 うつむいて黙り続けている後藤課長の横で、鈴原さんは声を荒げていた。俺の用意した証拠を何一つ認めず、証拠として会議室に持ち込んだ鈴原さんの卓上カレンダーも、すでに鈴原さんの手で散り散りに引き裂かれ、長テーブルの上で散乱している状態だった。

「言いがかり? あなたのフェイスブックに載せられた写真と出張旅費申請に添付された領収書の時間は全て一致しているんですよ? 過去半年遡りましたが、全て一致してるんです! 行きと帰りの電車に、宿泊先の旅館。面接と称した喫茶店の利用も投稿された写真を追った旅行ルートの途中にありました。これだけそろえば十分じゃないですか!」

 ヒステリー気味の鈴原さんに負けじと俺も吠えていた。

「弁護士を呼んでください! こんな横暴ゆるせません!」

 鈴原さんが言い出した弁護士という言葉に狼狽え始めた営業部長の梶原部長をよそに、それまで黙って座っていた不動部長が大きなため息をつくと立ち上がった。興奮している鈴原さんの横に立つと、持っていた茶封筒を鈴原さんの目の前へ投げ捨てるように置いた。茶封筒の風圧で長テーブルの上に散らばっていた卓上カレンダーの破片が四方八方に飛んでいく。

「これに目を通していただけますか? 会社としては、これ以上、話を大きくしたくないと思っております」

 いつになく落ち着いた口調の不動部長に俺は恐怖を覚えた。普段、砕けた口調の人間が丁寧な口調で話すときほど怖いものはない。

 鈴原さんは「何よ、これ! 今更何だって言うのよ!」と言いながら、封筒から冊子と二枚の紙を取り出した。冊子のページをめくるたびに、鈴原さんの顔色が変わり、手も震え出す。 

 鈴原さんは、最後のページをめくると黙って後藤課長に冊子を渡した。手元に残った二枚の紙も確認すると一枚は後藤課長に渡し、手元に残ったもう一枚をじっくりと読み始める。最後まで読み終わると、鈴原さんは「ごめんなさい」と何度も言いながら泣き始めた。

 後藤課長も渡された冊子を全て読み終え、最後に貰った紙に目を通すと、立ち上がって「申し訳ございませんでした。ご配慮ありがとうございます」と言って頭を下げた。

 あれほどの騒ぎが、不動部長が出した冊子と二枚の紙で、あっけなく終わってしまった。冊子は不動部長が自腹で頼んでおいた探偵が用意したもので、最後の二枚の紙には会社を代表して不動部長から二人に対してのメッセージが書かれていたそうだ。中身については詳しく教えてもらえなかったが、温情判決だったらしい。

 後で分かったことだが、会社を去った後藤課長には難病のお子さんがいて、手術のためにまとまったお金が必要だったそうだ。お金を稼ぐために、他の人が嫌がる仕事や出張を積極的に引き受けていたらしい。

 同じく会社を去った鈴原さんの方は同情する必要があったのかは今でも分からないが、彼女はフェイスブックでちょっとした有名人であり、ネットではやり手ビジネスウーマンということになっていたのだそうだ。彼女は自分のついた嘘を突き通すため、色んな男に近づいてはゴハンを奢らせたり、毎週のように旅行へ行っては、その写真をフェイスブックに上げて、虚構の存在を作り出していたのだ。承認欲求に取りつかれた哀れな女なのだそうだが、俺は未だに納得していない。 

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』49へ続く