鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』47

 分かってしまえばなんのことはない簡単なアリバイ工作だった。

 俺の会社では、出張する者が前日までに自分で宿を取り、簡単なスケジュールを上司に報告することになっている。出張が終わった翌日に簡単な報告書と宿泊などにかかった領収書を添付し、承認されれば立替た代金が支払われる。事前にかかる費用が分かっている場合は仮払申請を出して承認されれば事前にお金を出してもらえる。 

 後藤課長は出張予定を提出したが実際には出張しておらず、代わりに鈴原さんが宿泊先を予約して旅行代金を浮かしていたのだ。会社は出張先の宿泊施設の選定には一切関与しておらず、宿泊費が規定を超えた分は自腹となることしかチェックしていない。そのため、鈴原さんは旅行として高級旅館を予約しても、会社が出した出張旅費分だけ出費を抑えることができ、面接という名目で出した食事代や喫茶店のコーヒー代なども全て会社に負担させることができたのだ。もちろん極端に高い場合は経理課がはじくのだが、その経理担当が鈴原さんだった。鈴原さんの上司もまさかそのようなことをやっているとは思っていないので細かくチェックなどしていなかったのだろう。

 会社としては、仕事が終わった出張者へのねぎらいを考えた上でのルールだったのだが、それを見事、旅行代金を浮かせる裏技として利用されたのだ。後藤課長は週に一回以上は出張へ行く人だったので、まわりの人も気の毒としか思っておらず、彼の行動を誰も疑わなかったのだろう。

 ここで疑問となるのは後藤課長にとってのメリットだが、後藤課長は自分の代わりに鈴原さんを出張先に行かせて領収書を切らせることで、ライバル会社のハシレミストに情報を渡すアリバイを作ったのだ。

 そのようなアリバイ工作をしなくても、仕事終わりの時間で情報を渡すこともできそうなものなのだが、俺のような目撃者がいたときや、情報漏洩の容疑者になったときのことを考えてなのだろう。随分と念入りだ。

 肝心の情報は鈴原さんが仕事時間中に商品開発部へ寄ったときに盗み、後藤課長へ出張旅費を渡すときに一緒に渡したと考えられる。休日にセキュリティーカードを利用して忍びこまなくても、警戒されない鈴原さんなら情報が盗めるし、出張していることにすれば後藤課長は昼間から堂々とハシレミストの社員に会えるので、役割分担さえすればこんなに簡単なことはない。

 つまり、社内の目をミスリードさせるために、鈴原さんは俺に近づき休日にセキュリティ―カードを使わせ濡れ衣を着せたのだ。あの日、俺が会社に入った後で鈴原さんも会社に入り情報を盗もうとしたが、パソコンについて詳しくない鈴原さんは情報を盗むことに失敗したのだろう。

 商品についての知識もなく取引もできない鈴原さんが情報を盗み、普段から出張が多く同情されている後藤課長が会社を裏切って情報を売る。仕事はできるがワンマンで生意気な嫌われものの俺は、少しでも疑いをかけられたら、すぐに犯人扱い。日ごろの行いというか、普段のイメージによる偏見こそがこのアリバイトリックを成立させたのだ。

「つまり、二対一だったので俺は負けたということですよ」

 俺は状況証拠から導き出した仮説を得意げに披露した。

「なるほどね。そこに私が加わったから二対二。私のおかげで勝てたと」

 岩井主任は両腕を組んで頷いている。

「まあ、そうなりますかね?」

「なるね。そうか。全部、私のおかげか。お礼に今度ゴハン奢ってよ」

「色々手伝ってもらいましたし、いいですよ」

「よし! いつ行く?」

「じゃあ、これからなんてどうです?」

「うん。今から行く!」

 岩井主任は、今まで見せたことがないような満面の笑顔を見せた。

 可愛い笑顔を見て、俺は初めて知った。今まで女性に感じたものはただの欲であり、恋ではなかったことを。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』48へ続く