鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』45

「お、お疲れ様です。岩井主任、どうしたんですか。こんな時間に」

「たまたま会社の前通ったらさ。まだ総務部の明かりが点いていたんで、もしかして佐伯さんかなと思って寄ってみた」

 会社の前を通った? あれ、おかしいな。岩井主任の家って会社から歩ける距離じゃないから散歩とは思えないし、この辺には店がないので車を走らせる用事もないはずなんだけどな。

「たまたま、ですか?」

「うん、そう。たまたま。忙しいのなら何か手伝おうか?」

 なぜだか岩井主任は機嫌が良さそうだ。

「えっ? いいですよ。プロジェクトの問題点をシミュレーションしているだけですから」

「そう。それならいいけど」

 先程まで笑顔だった岩井主任の顔がどんどん曇り出した。彼女は余程仕事が好きなのだろうか。それとも人の役に立つことが大好きな人なのだろうか。

「ありがとうございます」

 俺はお礼を言うと、机に向かって、とっくに三分を過ぎたカップラーメンの蓋を開けた。

「ところで、そのプロジェクト、ほとんど佐伯さんが考えたんでしょ?」

 スープに浮かぶ麺の量がいつもより多い気がする。麺が少し伸び始めているのだろう。なるべく早く話を切り上げないと、麺が伸びすぎてふやけてしまうので、俺は最低限の返事だけを返した。

「ええ、まあ」

「一人で考えたんでしょ? 凄いよね。尊敬するよ」

 尊敬する? 生まれて初めて言われた。それも女性から。やばい。物凄く嬉しい。嬉し過ぎて涙が出そうだ。

「いえ、そんな。欠陥もありましたし、こんなことになっていますから」

「でも凄いよ」

「ありがとうございます!」

「それにしてもさ、まるでゴーストライターみたいだね」

「ゴーストライター?」

 俺は岩井主任の言葉に閃いた。もしかして、後藤課長にもゴーストライターがいるのでは? つまり協力者がいるのでは?

「それにしても佐伯さん、よく騙されるよね。人がいいというより、馬鹿だよね」

「えっ?」

「そういえば、鈴原さんとも何かあったんでしょ?」

「どうしてそれを?」

「そりゃあ分かるわよ。前はよく話していたのに、ここへ来てから仕事以外では一度も話していないんだから」

「付き合っていたけど……別れたんだ」

「やっぱりね。あの子。社内の男、全員に声かけてんじゃないかな?」

「えっ……そうなんですか?」

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』46へ続く