鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』43

 苛立ちながら総務部長室に入ると、不動部長はすでに応接スペースのソファーに座って待っていた。

「取りあえず座れ」

 缶コーヒーが二本置かれているテーブルを挟んで俺は不動部長と向かい合わせに座った。

「ご用件はなんでしょうか?」

「いいからまずこれでも飲んで冷静になれ」

 不動部長がテーブルの上の缶コーヒーを俺に差し出す。

「いりません。私、コーヒー苦手ですから」

「お前、こういうときは、嫌いでも飲むもんだぞ?」

「すみません」

「まあ、いい。それより、さっきのは何だ?」

 「手柄を独り占めされました」

 抑揚のない声で事実だけを手短に答えた。

「若林のプロジェクトか?」 

 若林という名を聞いた瞬間、俺は逆上しそうになった。あれは若林のプロジェクトではなく俺のプロジェクトだ。

「はい」

 怒りで震える拳を膝の上で握りしめたまま、突き放すような返事をした。

「なるほどな。あいつが一人でやったにしては出来過ぎているとは思っだが、そういうことか」

「共同企画者にしてくれると言われたので、仕事終わりに手伝っていました」

「それはダメだな。口約束を信じたお前が悪い」

「嘘をついたあいつを許すのですか!」

 大声を出して俺は立ち上がる。怒りを抑えきれず爆発させてしまったのだ。

 不動部長は缶コーヒーを一口飲んでから静かに話し始めた。

「そうは言ってない。だがな、これはお前の詰めの甘さが生んだ結果だ。上司の俺に相談せず勝手に手伝ったというのは不味かったな」

「それはそうですが、こんなこと人の道に反しています!」

「人の道ってなんだ? それはお前が勝手に作った道だろ。常識やマナーっていうやつはな、誰かが大きな声で言っているだけで、なんの拘束力もないんだ。そんなもん持ってきたところで、何の役にも立たんぞ。なんのために契約書があると思っている? こういうときのためだろ?」

 正論過ぎて、俺は何も言い返せなかった。

「まあ、見ていろ。出来ないやつが任されて、上手く行くわけがないからな。お前は若林がヘマすると思って備えておけ」

「はい。分かりました」

「よし、この話はこれで終わりだ。ところで佐伯、総務の仕事は慣れたか?」

「仕事自体は慣れましたが、人間関係が上手くいきません」

「いじめられているのか?」

「いえ、いじめではないですが、冷たいです。誰も仕事を手伝ってくれません。いつも私だけ残業しています」

「手伝ってくれと言ったのか?」

「いえ、言ってません」

「進捗状況は報告しているか?」

「いえ、何も」

「それはお前が悪い」

「そうですか?」

「同僚はもちろんだが、上司だって人間だからな。管理職としての理想を言えば、部下の仕事や進捗状況は全て把握しているべきだが、それは無理というものだ。ホウレンソウは習ったろ?」

「報告、連絡、相談ですね」

「新人時代のときはできても、ベテランになると、やらなくなるやつがいる。ベテランになればなるほど何でも勝手に一人で判断して行動するようになる。何のために仲間がいるのか、それが分かっていないやつが多くて困る。報告、連絡は状況によっては必要ないが、相談はするべきだ。大したことがないと思っていることでも必ず上司に伝えておけ。お前にとって大したことでなくても、上司や同僚にとっては大事な情報なことはあるからだ。情報の価値を判断するのは部下ではなく、上司だ」

「私も不動部長に相談していれば、このようなことにはなりませんでした」

「そうだな。それに仕事の進捗状況を上司に報告していれば、残業だってしなかったかもしれないぞ」

「それはどうでしょう。私は社内で裏切り者と思われて嫌われていますから」

「お前が嫌われているかどうかは関係ない。会社は組織だからな。お前が仕事でヘマして困るのはお前だけでなく、上司もだ。たとえお前のことが嫌いでも、仕事は手伝うさ。やる前に諦めるのは、手抜きだ。諦めるのはやることやってからにしろ」

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』44へ続く