鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』37

 女は女だけでコミュニティーを作っており、男はみな孤立している総務部に俺の居場所はなかった。仕事で分からないことを聞いても、俺が男だと理由で女性陣の態度は冷たく、仕方がなく聞いた管理職である男たちは、忙しいので後にしてくれと相手にすらしてくれなかった。だだでさえ会社の裏切り者という濡れ衣を着せられている状態で、女たちが支配する総務部に席を置くことは想像以上に地獄だった。

 定時を過ぎると、女たちは「お先に失礼します!」と明るい声で次々と上がって行くが男たちは表情一つ変えず無言で仕事を続けていた。一時間後、残っていた男たちも上がり、いつもの残業メンバーだけが残っていた。

 人事課の柳沢課長はぶつぶつと独り言を言いながら頭を抱えていた。いつも通り仕事に行き詰っているのだろう。経理課の斎藤係長と海原さんは、淡々と仕事をしている。

 そんな中、俺も残業をしていた。朝から手をつけている領収書のチェックだ。急ぎではないので、明日中でもいいと言われていたのだが、今日の定時までで処理できた量を考えると残業しないと間に合わないのは明白だった。事務経験のない俺には、海原さんのようにブラインドタッチで電卓を打つこともできなかったし、斎藤係長のように経理処理の間違いに気づくこともできない。俺は総務部、特に経理課において戦力にならない、全くの足手まといでしかなかった。

 三十半ばにして新人同様という事実に、俺は情けなさを感じていた。いくら畑違いとはいえ、もう少しできると思っていただけに心底落ち込んでいた。

 左頬を伝う冷たいものが涙だと気づいたときは、すでに定時から二時間経っていた。静かな社内で響く電卓の音が、「お前は仕事ができない。使えない。とんだ給料泥棒だ」と聞こえてきて、時計の針が進めば進むほど、俺は胸が苦しくなった。

「痛っ!」

 静かな総務部で俺は思わず声を出してしまった。一日中、領収書をめくり、電卓を打っていたので、右腕に無理がかかり過ぎてしまったのだ。

 病気でコントロールが効かなくなるのは心配だと言われて外勤からはずされたのに、電卓もまともに打てないのでは内勤すらできないではないか。

 俺は席を離れてトイレに向かった。

 トイレの個室に入ると、それまで我慢していた感情をぶちまけるように泣いた。

 もう無理だ。限界だ。体は痛いし、思い通りに動かない。治る見込みもない。仕事もまともにできなくなっていくのに貯金もないし、支えてくれる人もいない。肉体的にも、精神的にも、もう限界だ。――心が、俺の心が押しつぶされる。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』38へと続く