鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』36

第三章

 会社に新しい風が入ってくる四月。新入社員の入社と共に、俺も営業部から総務部へと異動することになった。

 営業部時代にも何度か総務部へ足を運ぶことはあったが、それまで業務に関係のある人としか話さなかったため、顔は見たことはあるが名前の知らない人ばかりだった。名前を知っているのは、総務部部長の不動部長、残業常連組の人事課の柳沢課長、経理課の斎藤係長、海原さん。なぜだか最近話すことが増えた岩井主任。あれ以来、俺を無視する鈴原さん。三十人近くいる総務部の人の内、六人しか顔と名前が一致していないのだ。

 それに対し、総務部の人は全員、俺のことを知っている。企業秘密をライバル会社に流した裏切り者として。もちろん、俺は企業秘密を流していない。全くの冤罪だ。

 事務経験のない俺が配属されたのは総務部経理課だった。新しく用意された席は総務部の端で、経理課から少し離れた古びた金属の書類棚が並ぶ場所の前だった。スペースがないのに無理やり席を作ったということは一目瞭然だった。

 総務部は忙しくて慢性的に人が足りない部署であることは聞いていたが、配属されたばかりの俺が見た総務部の日常は、まさに戦場だった。

 初日から仕事をする気でいた俺に与えられたのは、膨大な数の領収書の整理だった。営業部にいた頃の俺が見た総務部は、いつも雑談に花を咲かせる楽しそうな部署だったが、あれは一日の山場を越えた一瞬のことだったようで、午前中は電卓とキーボードを叩く音だけしか聞こえなかった。電話が鳴ると、総務部の女たちはすぐに電話を取り丁寧な言葉で受け答えをしていたが、男たちは一切電話を取らず、電卓も叩かず、ひたすら書類とパソコンの画面をにらんでいた。

 一日、総務部にいて気がついたのが、女は女同士で雑談するが、男は誰とも話さず孤立していることだ。営業部は男同士で仕事の話や子供自慢、下ネタ話で盛り上がったものだが、総務部の男たちは、そういう会話も一切なかった。どこかで聞いた話だが、事務職を希望するのは、コミュニケーションが苦手だからだと聞いていたが、まさにその通りだった。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』37へ続く