鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』32

 あの会議の後、俺は病気を理由に外回りから外された。プレゼン資料の作成や取引先データの整理を任せられて、一日中社内でパソコンを睨み付けるようになった。

「会社を売った金でお洒落するなんて大した玉だね」

「最近、通院だと言って休んでいたのってさ、本当はハシレミストへ行っていたんじゃないの?」

 あの会議の後、こんな会話を耳にするようになった。

 俺が情報漏洩したという噂が社内で広まり、営業部の同僚たちはもちろん、他の部署の人も、俺を疑っていた。

 一番の理由はやはりあの不自然な休日出勤だった。また、タイミング悪く、病人の俺がご機嫌でお洒落して出社したことも疑いに拍車をかける要素となってしまった。

 休日出勤について鈴原さんに誤解をといてもらうことも考えたが、この誤解を解いたところで、真犯人が見つからなければ疑いが晴れることはない。むしろ、鈴原さんに共犯の疑いをかけるおそれもある。

 誹謗中傷は最初こそ腹が立ったが、以前から俺は社内では嫌われ者だったので、すぐに慣れてしまった。自分の病気が重すぎて心の痛覚がマヒしているというのもあるのかもしれない。 

 定時になり、机の上を整理してパソコンの電源を落とす。外回りをしていた頃は定時で上がりなんてしたことがなかったので、なんだか落ち着かない。まだ外回りから帰ってきていない同僚たちの綺麗な机を見ると少しだけ罪悪感を感じたものの、裏切り者の濡れ衣を着せられている状態であることを差し引くと、気にする必要はないなという結論に至った。それに俺は病人だ。病気を理由に外回りを外されたのだから、病人として病人らしく無理をしない生き方をしよう。そう自分に言い聞かせてコートを羽織ると営業部を後にした。

 

 乗り換えのため札幌駅で降りたとき、俺は仕事で長い定規が必要だったことを思い出した。今日、納品リストのチェックをしていたとき、慣れない作業で確認に時間がかっていると、たまたま営業部に用があった岩井主任が俺が悪戦苦闘しているのを見るに見かねて定規をあてれば見やすくなることを教えてくれたのだ。会社支給の定規は少し短くて線を引くには十分だったが、横長のリストの確認には使いづらかったからだ。

 札幌駅駅を出て雑貨屋へ向かおうとしたとき、喫茶店に見覚えのある男が入って行くのが目に入った。

 気になって店の中を覗くと、営業三課の後藤課長だった。後藤課長は地方営業所の手伝いに行くことが多く、出張でほとんど札幌にいない人だ。奥さん子供もいる人なので本当に気の毒である。俺は珍しい人に出会ったという好奇心もあり、挨拶をするために迷わず喫茶店に入った。

 店の前を通り過ぎることは何度もあったがここに入るのは生まれて初めてだった。店内は思っていたより広かったが、夕方ということもあって客もまばらで、すぐにスーツ姿の後藤課長を見つけることができた。

「後藤課長、お疲れ様です!」

 頭を下げて元気よく挨拶をすると、後藤課長の顔は引きつっていた。

「さ、佐伯君。どうしてここに?」

 後藤課長はまわりをキョロキョロ見渡しながら驚いていた。

「さっき、ここに入るのを見たもので」

 俺は向かいの席に座ると、飲み物を注文するために手を挙げた。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』33 へ続く