鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』21-2

 書庫から取引先のデータがまとめられたファイルを見つけると、左手で器用に抜き出して自分の机にあげる。俺は右利きだが、病気で右腕が不自由になってからというもの文字を書くことと箸を持つこと以外は全て左手で行うようになっていた。うっかり落とすおそれのあるマグカップは当然のこと、プレゼンテーションをするときに使うポインターも左手で持つことが当たり前になった。

 そんななか書類のチェックをするために、いつも通りペン立てに右腕を伸ばすと、大声を上げてしまうほどの激痛が俺を襲ってきた。

 同僚たちに気付かれないようにするため、歯を食いしばって声を押し殺し、それでも我慢しきれず、足をばたつかせながら、自分の太ももを何度も何度も叩く。声にならない声を漏らしそうになりながらも、俺は耐えた。

 伸ばした腕を上からいきなり木製のバットで叩きつけられるような鈍い筋肉の痛みの原因は、石のように固まった筋肉をむりやり伸ばしたことで筋肉が張り裂けそうになったためだった。

 俺の体は筋肉がこわばりやすくなっており、同じ姿勢でいると、体が固まってしまうようになっていた。映画館で映画を見終った後、立ち上がろうとしたとき、脚が固まってしまって立ち上がれなかったこともあった。

 半年経つ頃には、全身に痛みを感じるようになり、毎日、痛み止めを飲むようになっていた。幸いなことに睡眠導入剤はもらっていたので、一日中痛みは感じていたが眠ることはできた。ただ副作用として、日中の眠気がひどくなったので、日常的にブラックタブレットを噛んでカフェインを摂取するようになっていた。エナジードリンクも毎日飲むようになり、動かない体を動かすために、体に無理をかけるようになっていた。

 それでも、仕事しか生きがいのない俺は、痛みを我慢しながら仕事を続けた。

 若年性パーキンソン病を発病した後も俺は残業をした。一人暮らしの俺が早く家に帰ったところで迎えてくれる家族はいない。デートの約束をする恋人もいない。働くために痛み止めを飲んで、働くために睡眠導入剤を飲み、働くために眠気覚ましを噛み砕く。朝から晩まで、働くためだけに、ただそれだけのために生きた。何をやってもつまらなく感じるようになり、いつしか俺の目は光を失った。毎日、うつむきながら送る人生は、寝たきりの人生と何も変わらなかった。俺の心はもう死んでいた。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』22へ続く