鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』31

「先輩がLINE始めたこと知らないんじゃないんですか?」

「そうかもね」

 俺は苦笑いしながら、手元の資料を読み始めたが、寝不足で集中力が欠けていることと、LINEグループに入れてもらっていなかったことが気になってしまい、何一つ頭に入ってこない。 

「おい、佐伯、聞いているのか!?」

 いつの間にか会議が始まっており、俺は梶原部長に名指しで注意されてしまった。

「は、はい。すみません。聞いていませんでした」

「会社が大変なときなんだ。しっかりしろよ」

「すみません」

「ここに書いてあることは本当なのか?」

 ん? 何のことだ? この資料と俺に何か関係あるのか?

 「すみません。まだ、この資料全部読んでいなんですが……」

 俺はそう言うと、慌ててページをめくりながら、必死に目で文字を追っていく。

「お前、今まで何やっていたんだよ? 八ページのセキュリティーカードのデータだ」

 八ページ目は過去にセキュリティーカードを使用した者を記録したデータの一覧だった。いつ、誰のカードで、ロックが開閉されたのかが一目で分かるものだ。

「これが私と何か関係があるのでしょうか?」

「十二月十日の土曜日。会社は休みなのに、何でお前、昼に一時間ほど会社にいた?」

 休日出勤なんて滅多にしない俺が一時間だけ出勤しただと? あり得ない。

「記憶にないんですが……」

「でも、データは残っているぞ?」

「ちょっと待って下さい。その日のスケジュールを確認しますので」

 俺は革張りの茶色い手帳を開いて、去年の十二月のスケジュールを確認してみたが、十二月十日は土曜ではなく日曜であった。土曜は何度か出勤した記憶はあるが、日曜はない。やはり俺は休日出勤していない。

「去年の十二月十日は日曜日なので、会社には来ていないと思います」

「去年じゃない! 一年前の十二月十日だ!」

 一年前? 手帳を閉じて、今度はスマホのカレンダーを確認した。その日、俺は午前中は総合病院で定期検査を受けた日で、午後は鈴原さんとデートする予定だった日だ。思い出した。あの日、鈴原さんの忘れ物を探すために俺は会社に入ったのだ。  

「あっ、確かに会社へ入りました」

「何のために?」

「忘れ物を取りにです」

 ここで鈴原さんの名前を出すと面倒くさいことになるので、俺はあえて伏せておいた。

「お前がいた時間に、商品開発部のパソコンの電源が入っているんだが、これはどういうことだ?」

「えっ? 私には分かりませんが」

「お前がやったんじゃないのか!」

「私が? 何のためにパソコンの電源を入れるんですか?」

「お前が新商品のデータをハシレミストに流したと言ってんだよ!」

 梶原部長が声を荒げた。

「私が!?」

「お前以外に誰がいるんだよ!」

「私がやるわけがないじゃないですか!」

 声を荒げ合う俺と梶原部長の間に入るように、すっと不動部長が手を挙げた。

「梶原部長。憶測で決めつけるのはどうかと思いますがね。次のページによると、実際に初めて外部端末へのデータ移動が確認されたのは、彼が取引先のイベント手伝いで外出している時ですよ? あの日、私もイベントに参加していましたが彼は現場にいました。彼がデータを盗むのは無理ですね。それにハシレミストが新商品の発表をしたのは、その日から一年以上経っているんですよ? その後も定期的にデータを流していないと、ここまで同じ商品を作るの無理じゃないですかね?」

「それでは誰がやったと言うんですか?」

「犯人探しよりも、まずは現在進行中のであるこの企画をどうするか、セキュリティーの強化についてどうするかを検討が先ではないでしょうかね?」

 不動部長が流れを変えてくれたおかげで、俺の犯人疑惑は一旦収まり、これからどうすべきかの話し合いとなった。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』32へと続く