鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』30

 岩井主任は、一セット分のコピーが出来上がるたびに角をホチキスで留めては、すぐ横の三課の後藤課長の机に乗せていく。後藤課長は出張が多い人なのでデスクの上はいつも空いており、物を置くスペースとしては丁度よいのだ。

「ああ、それな。私もあんまり詳しく分からなんだけどさ。商品開発部が春に発表予定だった新商品と全く同じ商品がハシレミストから発表されたんだって」

 ハシレミストは、アナログゲームの最大手であり、俺の会社のライバルである。

「ハシレミストから? 似ている商品が発表されたんですか?」

「いや、だから。私の話、聞いていた? 似ているんじゃなくて、全く同じ商品!」

「もしかして、情報漏洩ですか?」

「そうみたい」

「大変じゃないですか!」

「いや、だからみんな慌てているんでしょ?」

 岩井主任は呆れた表情で俺をちらっと見ると、すぐにコピーをホチキス止めする作業に戻った。

 おおよその事態は把握できたが納得のいかないことも出てきた。あの緊急会議のメールが発信された八時十分に慌てて会社に向かったにしては、人が集まり過ぎている。総務部の岩井主任が八時半に社内にいるなんて普段ならないことだし、正確な住所は知らないがメールを見てからでは、この時間には間に合わないはずだ。

「岩井主任、あのメールいつ届きました?」

「メール? 会社に着いてから読んだから、いつかは分からないな」

「メールを見たから早く来たんじゃないんですか?」

「昨日、LINEで話題になっていたから、早く来たんですよ?」

「LINE? 企業秘密が漏れたことがニュースになったんですか!?」

「はぁ? ニュース? 何言ってんですか。会社のみんがやっているLINEのグループですよ? もしかして、佐伯さん、入れてもらっていないんですか?」

「えっ? いや、あの……」

 おいおい、なんだよ。会社のLINEグループって!? 俺だけ仲間外れなのかよ! それは総務部だけのグループなんだよな? 営業部は入っていないよな?

「佐伯さん、営業部用の資料用意できたんで、これ配ってもらえますか?」

 そう言って岩井主任が後藤課長の席に高く積まれた資料を指差す。今までコピーを取っていたのは、そのための資料だったようだ。 

 俺は言われるまま資料を配り歩いた。すでに会議室に入った人もいたので、俺はデスクに置いていた手帳を持つと、残りの資料を配るため会議室へと入った。

 広い会議室には本社の重役たちが奥にどっしりと構えており、その両サイドを営業と総務の部長たちが向かい合うように座っていた。俺は営業部の仲間に資料を配ると一番手前に座っている若林の隣に座った。

「ねえ、若林君。ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」

「またですか?」

 「またですか?」だと? お前、さっき答えなかっただろうが! 普段、仕事で困ったら何でも聞いてくるくせに、たまに俺が聞いたらこの態度。先輩後輩抜きに人としてどうなのよ?

「ああ、ごめんね。若林君は、会社のLINEグループって知っている?」

「会社のグループ?」

「知らないよね? たぶん総務部だけのものだと思うんだけどさ。昨日、そのグループで今日の会議の内容が話題になっていたんだって」

「ああ! あのグループですか」

「えっ?」

「そのグループなら僕も入っていますよ。会社でLINEやっている人は全員参加しているはずです」

「マジで? 俺、数か月前にLINE始めたけど、そのグループに誘われていないんだけど……」

 若林が一瞬目を丸くして、その後、目を細めて気まずそうな顔をした。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』31 へ続く