鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』25

「札幌の方なんですか?」

「ええ。JRで二十分ほどの場所に住んでいます」

「私は桑園イオンの近くです」

 桑園は札幌駅の西にある地域で、札幌駅からだと電車で一駅のすぐ近くの場所である。

「桑園ですか。それは近いですね。あの……男の俺が言うのも何ですが、住所とかは言わない方がいいんじゃないでしょうか?」 

「どうして?」

「ストーカーとか怖いじゃないですか」

「アラサーの女にストーカーする人なんていませんよ? それに、誰にでも話すわけじゃないですし、そういう人じゃないと思ったからこうやって話しかけたんですよ?」

「いや、でも、見た目は優しそうでも、実はDV男とかいるじゃないですか?」

「うーん。オーラっていうのかな? 後ろ姿で、この人は絶対私を傷つけない人だって分かるんですよね」

「そういうもんですか?」

「そういうもんでしょ」

 気さくな彼女のペースに乗せられた俺は、名前も知らないのにも関わらず、プライベートなことを包み隠さず話した。大口の仕事を取ったが上司に嫌われていること、病気になって自暴自棄になっていたこと、その場限りの関係だからこそ打ち明けられたのかもしれない。俺が女に弱みを見せるのはこれが始めてだった。

 ほぼ同い年のはずの彼女は、俺より大人っぽく、何を話しても「うんうん」、「そうだね」、「凄いじゃん!」と絶妙な相槌を打って聞き役に徹してくれた。今の俺に必要なのはこういう愚痴を聞いてくれる人なのだろう。

「あっ、見て! 日の出だ!」

 誰かが大きな声をあげた。

 俺と彼女は会話をやめて、食い入るように日の出を眺める。

 真っ赤な地平線が、紺色の空を上へ上へと押し上げていく。赤と青が混じり合うと、目を開き続けるのも辛いぐらい眩しい太陽が姿を現し始めた。やがて紺色の空も青色へと変化し、一面に澄み切った青い空が広がった。

 世界は何も変わっていない。ただ時間が少しだけ進んだだけだ。毎日昇る太陽も、元旦だから何かが変わるという訳でもない。それでも、俺の中で何かが変わったように感じた。

 日が昇り切って、他の人たちが次々と窓から離れていく。 

 俺は、近くにあった椅子に腰を下ろすと、余韻に浸りながら、初売りが始まるまでどこかで待つか、まっすぐに家へ帰るかを考え始めた。

「この後、どうします?」

  先程まで話していた彼女がまた俺に話しかけてくれた。

「えっ、いや、特に何も……」

 何も考えていなかった俺は言葉に詰まって、うろたえるしかなかった。

「初詣は行きました?」

「いや、まだですけど」

「よければ、この後、一緒に北海道神宮に行きません?」

  俺は目を丸くして驚いた。これは、まさにデートではないか!?

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』26へ続く