鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』21

 発症すると10年後には寝たきりになると言われているパーキンソン病には、手足のふるえ、体の動きの緩慢、筋肉のこわばり、バランス能力の低下、以上四つの大きな症状に加え、同時に二つの動作をする能力の低下や自由にリズムを作る能力の低下などの運動能力の低下がある。

 それに加え、顔の表情の乏しくなる、言語障害、声が出しにくくなる、姿勢が悪くなる、突進歩行、発汗異常、便秘、頻尿、起立性めまい、不眠、抑うつ、不安、無関心、痛み、倦怠感、記憶障害などの症状も見られ、発症する症状の種類や重さ、進行速度も人それぞれと、本人はおろか専門医ですら扱いに困るやっかいな脳の病気であった。

 知れば知るほど深刻な病であることが分かるため、多くの患者がまず最初にぶつかるのが、不安による睡眠障害であった。俺も例外ではなく、病名がついてから三日後には完全に眠れないほど精神的に追い込まれ、睡眠導入剤を処方されるようになっていた。

 

 睡眠導入剤なしでは眠れなくなってから二週間後、病気の重さで押しつぶされそうになりながら迎えた初めてのクリスマスの夜。俺は半年前に予約していた限定版の漫画を引き取るため大通りに来ていた。寒空の下、札幌の街中はカップルや家族連れが楽しそうに歩いている。希望に満ちた人々と、赤と緑のデコレーションに、ジングルベルの音楽が、俺の心をギチギチと締め付けていく。視界が外側から暗くなって行き、意識も薄れかかってくる。なんで、どうして、俺だけが――。倒れるように大通り公園のベンチに座って休むと、俺の横に高校生のカップルが座ってきた。横目で覗くと、二人は何を話すことなく幸せそうにただ寄り添っている。幸せそうな光景が俺の心に追い打ちをかける。

『少しでいいから、話し相手になってくれないかな?』

 ダメ元で鈴原さんにLINEしてみたが、十分経っても既読にならなかった。

 隣の高校生カップルはいつの間にか、手を繋いで見つめ合っている。

「クソ! ふざけるな!」

 俺は小声で呟くとベンチを勢いよく立ち上がると、夜の闇に煌々と輝く真っ赤なテレビ塔を睨みつけてから、札幌駅に向かって歩き出した。

 病気の不安から眠れなくなり、日中もぼーっとすることが多くなった俺は、マイカー通勤を自粛していた。電車とバスを乗り継いでの通勤は、初めこそ辛かったが慣れれば楽なもので、視界が悪かったり路面が滑る北国特有の冬道運転を強いられるマイカー通勤よりも精神的には楽だった。滑る足元に注意したり、白い息を吐いて寒さに身を縮こませるのは嫌だったが、帰りの電車内で小説を読む時間は、なんだか知的な感じで、少しだけ賢くなった気がした。 小説を読んでいる間は、辛い現実を忘れることができた。

 電車に揺られ最寄り駅に降りると、駅から家路に急ぐ人々が白い箱を大事そうにぶら下げて散り散りに駅を離れて行く。彼らはこれから、恋人や家族が待つ家で、あの箱の中に入っているクリスマスケーキをお披露目して、幸せな笑顔を浮かべ、楽しい夜を過ごすのだろう。俺には「おかえり」と迎えてくれる家族がいない。悩み事を相談できる友人もいなければ、甘えられる恋人もいない。今まで、何一つ悪いことはせず、真面目に生きてきたのに、この仕打ちは何だ? 俺が何をしたというんだ?

 右頬を何かがつたった。手で拭うと、それは目から流れれる自分の涙だった。拭っても拭っても涙は止まらず、左目からも涙が流れだしてきた。住宅街の十字路、クリスマスのメロディーが漏れる家々に囲まれながら、俺は天を見上げていた。雲一つない夜空には無数の星が煌めいていたが、俺には全てぼやけて見えた。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』21-2へ続く