鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』18

 札幌地下街の待ち合わせスポットである黄色い大型テレビHILOSHI。大通公園付近の地下で待ち合わせするといったらここが一番有名である。大型デパート三越の前にあり、地下鉄南北線の入り口すぐそばと人が自然に集まりやすい場所でもある。あの高くそびえたつ真っ赤なテレビ塔が観光客の待ち合わせ場所として有名なように、ここもまた恋人たちの待ち合わせ場所として有名な場所なのだ。

  待ち合わせ場所に到着したのは、待ち合わせ時間の二時間前の午後三時だった。どこからか鼻腔をくすぐる和風出汁の美味しそうな香りが流れてきて、昼飯を食べ損ねていた俺の胃を刺激する。匂いの元は、すぐそばの立ち食い蕎麦屋であった。

 店名が書かれた白と青の電光看板の下に、男が六人立ちながら、ずずっと美味そうな音を立てて蕎麦をすすっている。俺もその男たちと並んでかけそばを食べることにした。

 麺が茹で上がるまでの数分。同じカウンターに並んでいる冴えない男たちの顔を見て、俺は心の中で笑っていた。この後、若くて美人な女と高級フレンチを食べて一夜を共にするのだ。男としてこれほど自慢なことはない。

 人目もあるのに、下心からニヤケてしまう。もう笑いが止まらない。

 カウンターに乗せられた蕎麦を勢いよくすする。美味い。今日の蕎麦はいつもより美味い気がする。間違いない。今夜はイケる気がする。俺の直感がそう言っている。

 ブーブーと音を立ててスマホが震え、俺の気持ちの高鳴りを遮った。

 スマホを確認すると、相手は、今晩のお相手である鈴原さんからだった。俺は食いつくようにLINEを確認する。

『もう待ち合わせ場所にいますか?』

 俺がすでに待ち合わせ場所にいるかどうかの確認のようだ。素直に話せば、俺が浮かれていることが彼女にバレてしまう。ここは余裕を見せておかねばならない。

『ごめん。近くまで来ているんだけど、まだ二時間ほどあるから、本屋で立ち読みしている』

 どうだ? これなら余裕を見せながらも、遅刻しないよう配慮していることが示せるはずだ。

『そうですか。真面目な佐伯さんなら、遅刻しないために二時間前から待っているかと思っていたのですが』

 なんてことだ。鈴原さんには全てお見通しなのか! 鈴原さん、あなたは名探偵なのか!?

『いやいやいや。さすがに俺もそんなに早く来ないよ』

『そうですよね。二時間前から待たれたら、ドン引きですね』

 な、何? そういうものなのか? 

『ところで、何か用なの?』

 どうだ。この落ち着いた。余裕のある男の対応。これからデートだというのに、「何か用なの?」だぞ。会心の出来だ。

『言い辛いのですが、今夜のディナーキャンセルしていいですか?』

 はっ!? キャンセル? 何を言ってるのこの子? 高級フレンチ予約したんだよ?

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』19へ続く