鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』16

『今、どこにいますか?』

 鈴原さんからのLINEだった。

『大通りにある喫茶店つばらつばらにいるよ?』

『佐伯さん、会社のセキュリティカード持っていましたよね?』

『持っているけど、なんで?』

 俺の会社はセキュリティー会社に警備を依頼しており、会社の鍵とセキュリティカードがないと会社のドアを開閉できないシステムになっている。そのため、朝一番で出社する人と、最後に退社する人が鍵をかけることになっていた。

 セキュリティーカードには事前に所有者が登録されており、誰がいつ開閉したのかも記録されるようになっているが、そのセキュリティーカードを所有しているのは、社内で数人しかいない。部長クラスと朝一番に出社する古株の村瀬さん、残業組と呼ばれる営業二課の俺と第一課の佐渡課長、平泉係長、三島さん、総務部人事課の柳沢課長、経理課の斎藤係長、海原さんの七名だ。 

 そのため、他の人が急用や残業で鍵の開閉をする必要がある場合は、誰かに鍵とセキュリティカードを借りなくてはならない。

『金曜日、会社に忘れ物をしてしまって』

『分かった。俺がこれから取りに行ってあげるよ』

『私もこれから会社に行きますので』

『いいよ、どこにあるか教えてくれたら俺が店まで持って行くから』

『ありがとうございます。私のデスクの右の一番上の引き出しにピンク色のキーケースがあると思うので、よろしくお願いします』

『キーケース? 昨日の夜、家に帰らなかったの?』

『昨日の夜は友達と遊んでそのまま泊まったので』

『なるほど。分かった。それじゃあ、これから取りに行ってくるから』

『よろしくお願いします』

 ウサギが頭を下げるスタンプが送られてきた。

 スマホをしまうと、俺は急いでケーキを口に入れ、熱々のココアで火傷をしないように息を吹きかけながら、ちびちびと急ぎながら飲み干した。

 

 誰か休日出勤してるかもしれないと思ったが、会社の駐車場に車一つ停まっておらず、鍵もかかっていた。セキュリティカードを通すとランプが赤から緑に変わる。電子ロックのか解除を確認してから、鍵を開けて会社に入ると、室内は外と同じぐらい冷えていた。総務部の中へ入ると、まっすぐに奥まで進んで鈴原さんのデスクの引き出しを開ける。

 引き出しの中には数本のボールペンが入っているだけで、他には何も入っていなかった。いくらパソコンの時代だと言っても、これは少なすぎなのではないか? 鈴原さんは文房具を全く使わない人なのか? ガラガラの引き出しは、見落とししてしまうような状態ではなく、確かめるまでもなく間違いなく他に何も入っていなかった。

 俺は鈴原さんに確認するためLINEを送った。

『今、会社にいるけど、キーケース引き出しになかったよ?』

 五分待っても返事がないどころか既読にもならない。忙しくて俺のLINEに気がついてないのだろう。仕方がないので、俺はそのまま、鈴原さんの椅子に座って待つことにした。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』17へ続く