鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』15

 その日の夜は、一月ぶりに鈴原さんとのデートだった。LINE交換してからというもの、毎日のようにやりとりするようになって、一時は毎週のようにデートしていたこともあったが、最近は少し落ち着いて、デートも月一回になっていた。

 社内恋愛というものは想像以上に楽しいもので、彼女に会えると思えば、それまでつまらなくて仕方がなかった会社ですら楽しい場所へと変わった。

 同僚たちに内緒で付き合うという罪悪感は、それまでの恋愛とは全く違う興奮をもたらした。廊下ですれ違うだけでも顔がほころぶようになり、時間を合わせて給湯室や会社から少し離れた倉庫で落ち合うようになる頃には、俺にとって会社は働く場所ではなくなっていた。

「みんなには内緒ですよ?」

 鈴原さんの唇の前に立てる人差し指の仕草と、この殺し文句の合わせ技に、俺は毎日やられていた。それまでぶりっ子は大嫌いだったが、慣れてくるとこれほど可愛いものはない。

 病名がつかないことが、ストレスになっていた俺にとって彼女は唯一の癒しだった。最近、鈴原さんは女友達とお茶の習い事を始めたらしく、そのせいであまりデートができなくなった。友達と遊ぶなと言うと、束縛の強い男だと嫌われるので、俺は飯で気を引く作戦に出た。その甲斐あって、今夜は有名フレンチの店で久しぶりのデートなのだ。もちろん、ディナーの後に寄るお洒落なバーも、スイートルームも、全て押さえてある。俺の薄給を考えると、見栄を張っているような気もするが、趣味らしい趣味のない俺にはちょうどよい出費である。

 待ち合わせに遅れないよう、俺は家には帰らず、大通公園近くのレトロな雰囲気の喫茶店で時間を潰すことにした。

 甘党の俺はメニューを開くと、チョコレートケーキとココアを注文した。コーヒーや果物が苦手な俺にとって、ココアは喫茶店で飲める唯一の飲みものでもある。この甘さと温かさは、体だけでなく心までもホッとさせてくれる。俺はココアに癒されながら、コートのポケットから読みかけの小説を取り出して、読み始めた。

 ブーブーと音を立ててスマホが震えた。鈴原さんだろうか? 俺は顔をニヤケさせながら、テーブルに置いてあるスマホを取った。 

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』16へ続く