鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』00

 この世界は理不尽で、不平等で、とにかくイカれている。

 

 人より幸せでもないが、同じぐらい不幸でもない。そんな普通の人生をそれなりに生きてきたはずなのに、今日、あったばかりの人に、俺の普通の人生に終わりがきたことを告げられた。

「若い人には珍しい病気です。治療法はまだありませんが、今後、治療法が見つかる可能性の高い病気なので、気を強く持ってください」

 何が起きているのか分からない俺の前で、医者が涙を貯めて感極まっている。今にもこぼれ落ちそうな涙の意味も、深刻そうな病気の名前も、何一つ説明を受けていない。何が起きたのか全く分からない状態で呆然としている俺に医者が説明を続けた。

「佐伯さん。あなたの病気はパーキンソン病というお年寄りに多い病気です。あなたの歳で発症することは珍しく、あなたの場合は、若年性パーキンソン病と言います。進行性の病気ですが、ある程度は薬で症状を抑えることはできます。ただ、最終的には寝たきりになる重い病気です」

 パーキンソン病? 若年性? どれも聞きなれない言葉だ。治療法がなくて、進行性の病気であるということは分かったが、具体的にどんな病気なのか分からない。重い病気だと言うが、腕が重いだけなのに、どうして、これで寝たきりになるのだろうか。

「よく分かりませんが、薬は出るのでしょうか?」

 俺に言えたのはこれだけだった。

「普通はもう少し進行してから病院に来る方が多いのですが、ここまで軽い症状で来た方はいません。佐伯さんの今の症状で薬を飲んでも、症状の改善をあまり実感できないと思われます。また、薬が効く期間も限りがあるので、もう少し症状が進行してから始めた方がよいと思われます。今は腕が重たいだけですが、もしかしたら、腕が振るえるようになったり、痛むようになるかもしれません」

 薬はあるけど出さないそうだ。この腕の重さは治らないし、震えたり、痛みも出るようになるが、重症になるまで我慢しろということらしい。

「この前、捻挫して整形外科で湿布と痛み止めを貰ったのですが、これは飲んでもいいのでしょうか?」

「はい。それは構いません」

「パーキンソン病の薬は出しませんが、睡眠導入剤を出しておきます」

 睡眠導入剤? 睡眠薬のことか?

「俺、寝つきは良い方なので睡眠薬はいらないと思うのですが?」

「そうですか。もし、必要になったら言ってください。すぐに出しますから」

 

 俺は医者から言われた『パーキンソン病』という病名を忘れないよう、携帯電話のメモ帳に書いて、車で家に帰った。明日、上司に報告しよう。俺はうつ病ではなく、パーキンソン病だったと。半年以上悩まされた原因不明の体調不良の正体が判明して、俺の気が晴れた。腕の重さは精神的なものではないか。心が弱くてうつ病になったのではないか。根性がないからこんなことになっているのではないか。そんなことばかり考えていた俺にとっては、うつ病以外の病気だったということは嬉しくて仕方がなかった。

 そんな浮かれた気持ちも、家族に病名を報告したときに消えた。

 俺は何一つ理解していなかった。病院で働いた経験のある母から聞いたパーキンソン病の実態は、俺の想像を超えていた。『寝たきりになる』という言葉から、ベッドでゴロゴロ横になるイメージだったのだが、実際はそんな生易しいものではなかった。『寝たきり』とは、指一本思い通りに動かせなくなるというもので、意識はあるが自分で体を動かせない、この世で一番辛い状態だった。 

 その日、俺は十年ぶりに泣いていた。自室に籠り、嗚咽が部屋に響くのを聞いて、また泣いた。今までの人生はなんだったんだ。全てが無駄で、無意味だった。分かりやすく言えば、もう俺の人生は終わったのだ。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』01へ続く