鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』08

 朝九時半。俺は前日調べておいた脳神経外科がある大きな病院に来ていた。診療室と検査室に四方を囲まれた大きな待合室の椅子から見える光景は見渡す限り老人、老人、老人と、看護師以外はみな老人ではないかと思うぐらい待合室は老人ばかりであった。平日の朝なので、俺のような働き盛りの男が少ないことは分かるが、それにしても老人が多い。これでは病院ではなく、老人ホームだ。日本が高齢化社会になってきているとは知っていたが、病院はまさにその縮図なのだろう。

 ときたま見るおじさん、おばさんはみなマスクをして咳をしており、素人目で見ても風邪だと分かるが、病院の待合室の九割を占める老人たちはお互いの病気自慢を生き生きと話せるほど元気である。

 待合室にピンポーンという音が響いて、前面にある大型の電光掲示板に『6 第二内科』と表示された。 

「六番。六番の佐渡さん。内科二番へお入りください」

 顔真っ赤にして咳き込むおじさんの横を、元気そうな老人がしっかりとした足つきで通り過ぎて診療室へと入っていった。

 俺は待ち時間をつぶすために待合室に置かれている雑誌を手にした。顔をあげると、ちょうど目の高さにある掲示板が目に入った。緑の大きな横場がの掲示板には『患者様のご様態によっては、お呼びする順番が前後することがございますが、ご理解お願い致します』と書かれた紙が貼られていた。 

 後ろから、ゴホゴホっとおじさんが咳き込む音が聞こえた。

「はい、はい。すみません。今、病院です。その件なら午後出勤したときに対応することになっています。そちらは……」

 スーツ姿の顔色の悪い若い女が、小声でスマホに答えながら待合室を出て行った。

「あんた、今日は血圧の薬かい?」

「私かい? 何、いつもの薬よ。あんたこそ、こんな早くにくるなんて珍しいじゃない。風邪でもひいたかい?」

「違うわよ。今日はこの後、三上さんたちとお茶するのよ」

 ピンポーンという音と共に、大型の電光掲示板に『7 第一内科』と表示された。

「七番。七番の根本さん。内科一番へお入りください」

「ほら、あんた呼ばれているよ」

「はい、はい。行きますよ。それじゃね。お互い大変だけど、元気でね」

 元気な老人が内科一番の診療室に入って行った。

 俺はもう一度、先程見た張り紙に目をやった。『患者様のご様態によっては、お呼びする順番が前後することがございますが、ご理解お願い致します』だって? 苦しそうな人や忙しそうな人は後回しにして、元気な老人を先に見ているこの状況は何なんだ?

 診察しないと詳しい症状は分からないのは分かる。外科手術が必要な急患が運び込まれることも分かる。この張り紙は急患用のものなのだろう。しかし、この病院内の状況は本当に正しいのか? 

  俺が体調不良で病院に来るのは数年ぶりだ。風邪をひいたときは、いつも市販の風邪薬を飲んで乗り切っている。仕事が忙しくて気軽に休めない働き盛りの人間が病院に来る代わりに、引退して暇を持て余す老人たちが日課のように病院に来る。いつから病院は、そんな場所になったのだ?

 俺が務める会社も色々理不尽なことが多いが、病院もまた理不尽で溢れている。いや、この世界自体が理不尽なのだ。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』09へと続く