鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』06

 鬼の不動。それが総務部の部長職を預かる不動仁(ふどう じん)の通り名であった。

 社内一の切れ者で、所属こそ総務部ではあるが、営業もこなす敏腕ビジネスパーソンである。現在取引がある大口五件の内、二件は不動が取っており、営業部では過去十年に取った大口は一件だけなため社内で不動に逆らえる者はいない。その一件も、先日、佐伯が物にした馬波物産なので、過去十年、営業部は総務部の一人の男に負けている状態だったのだ。

 そんな男が佐伯の目の前にいる。営業部で声をかけられ、そのまま総務部部長室に呼ばれたのだ。この会社で個室が用意されているのは、社長、副社長、不動の三人だけであり、不動は役員の一人でもある。

「佐伯、急に呼んですまんな。ちょうどよい機会だったんでな」

「私に何か御用でしょうか?」

「おい、そんなに改まるなって。俺とお前の仲だろ? いいからここに座れ」

「失礼します」

 俺は不動部長に促されるまま、部屋の真ん中に置かれた来客用ソファーに腰をかけた。 

「あれから何年だ?」

「今年の夏で五年です」

 今から十年前の忘年会で、営業部が大口を取れないのは営業部の方針が悪いからだと言って、俺は当時の営業部長を怒らせてしまった。たまたま同じテーブルにいた不動部長が面白いと言って、俺の教育係を申し出てくれたのが縁だった。そのときは、首が繋がったと喜んでいたが、翌週から始まった不動の教育は、鬼を越えていた。

 相手に好印象を与えるネクタイの選び方から始まって、挨拶や返事のトーンでダメ出し、効率の良い営業ルートの決め方、プレゼン資料の効果的な文字とイラストの配置など、小さなことから大きなことまで、朝から晩までマンツーマンで徹底した指導が入った。毎日、怒られるために会社に行っているような状態だったが、不動の裏表のないまっすぐな性格が自分に似ているところもあり不動部長が役員になるまでの五年間、不動部長の元で営業のイロハを習った。 

「そうか。五年でここまで来るとはな。俺の教えが良かったんだな」

「はい。不動部長から学んだからこそだと思っております」

「本当か? お世辞言ってないか?」

「いえ、お世辞ではありません。私が優秀であったのは間違いないですが、その才能を引き出してくれたのは間違いなく不動部長のおかげです」

「お前、知っているか? 自分のことを優秀と言っちゃう奴は大抵、優秀じゃないんだぞ? 俺は優秀だけどな」

 そう言って、不動部長は大笑いしている。

「知っていますよ。俺も優秀ですから」

 俺も一緒に大笑いした。五年前まではよくこうやって二人で毎日大笑いしたものだ。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』07へ続く