鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』02

 車を走らせて数分後、会社から支給されているスマホが鳴った。

 取引先に向かうため片道三車線の大きな通りを走っていたので、横道を曲がり住宅街に入る。すぐに公園を見つけたので、車を駐車して電話に出た。

「はい。佐伯です」

「佐伯、今、どこにいる?」

「えっ? ホワイトボードに書いてあると思いますが、これからは旭日商事に向かうところで、電話に出るため近くの公園に車を停めています」

「そうか。なら話せるな?」

「はい。大丈夫です」

「馬波物産の件、俺は聞いていないぞ」

 梶原部長の口調は落ち着いてこそいたが、声がやや震えており怒りを抑えていることは電話越しだったがひしひしと伝わってきた。俺は部長の導火線に火をつけないよう、いつも以上に言葉を慎重に選ぶことにした。

「申し訳ございません。部長がお忙しそうでしたので、今朝提出した日報の報告欄で報告させていただいました。今後は口頭で報告するよう気をつけます」

「それはいい。俺が言っているのは、馬波の社長がお前を担当にしてくれと言っている件だ」

「えっ? 私が担当ですか? そのような話は私も初耳ですが」

「さっきな、馬波の社長から電話がかかってきたんだ。プレゼンが面白くて、お前を気に入ったから、絶対に担当にしてくれとな」

 はあ? 馬波の社長が俺を担当にしてくれと言っている? そんなことを俺が知っているわけがないだろ。先方が勝手に言っていることを俺が上司に報告できるわけがない。

「報告が遅れて、すみませんでした。私も先方にそのような希望があったことは知らなかったもので」

「お前な。分かっているのか? この案件は、うちが抱えている案件の中でも五本の指に入るほどの大口だぞ?」

「はい。承知しております。申し訳ございません」

「申し訳ございません? 謝って済むかよ! 部長の俺が担当するはずだったのに、どうしてヒラのお前が担当するんだよ。横取りしやがって、ふざけるなよ!」

 あれほど気をつけていた梶原部長の導火線に火がついてしまったようで、電話越しに罵声が響いた。

 ああ、本当に面倒くさい。そもそも、これほどの大口案件なのに、プレゼンのアイデアが思いつかないと言って、課長、係長と揃って、平社員の俺に丸投げしたのは梶原部長だ。プレゼンが失敗したら俺のせいにしたくせに、上手くいったら手柄の横取りだって? 俺の方があんたたちより優秀なんだよ。先方だってそれがよく分かっているんだろうよ。当然の判断だろ。うちの会社が年功序列じゃなくて、能力主義だったら、とっくに俺が部長席に座っているさ。――さて、どうしたものか。このままでは部長の怒りは収まらず、電話も切れないため、旭日商事との約束に間に合わなくなってしまう。

「梶原部長。この案件はチームとして動いていたものですし、連絡などの窓口は、雑務担当として私に任せてもらうとして、うちの正式な担当者はチームの代表である梶原部長のままでいいのではないでしょうか? これほど大きな案件です。とてもじゃないですが、私一人では荷が重すぎます。是非とも、部長のお力を貸していただけませんでしょうか?」

 電話越しだが、部長が「うーん」と、ない頭で何かを考えていることは分かった。

「仕方がない。たまには部下のお前の顔も立ててやろう。先方にはお前が窓口担当ということを俺から伝えておくが、社内での正式な担当者は部長の俺だからな。それだけは覚えておけよ」

「はい。梶原部長。これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。それでは、旭日商事様との約束もありますので、これで失礼させていただけます」

「ああ、分かった。先方によろしくな」

 はあ。やっと解放された。朝からこんなくだらない電話で時間を無駄にするとは。部長の体面なんてどうでもいいんだがな。大事なのは会社の体面だろ? どうして、部長は自分のことばかりしか考えられないのだ? 

 俺は溜息をつきながら、電話を耳から離して切ろうとしたが、腕をおろせなかった。長時間電話を持っていたせいか、右腕が固まっていた。固まるほど長電話だっただろうか。会社から支給されたこのスマホは安物なので、大きさの割には重い。重いがそれだけで、こんなにも腕が張るだろうか。左手で、固まった右手からスマホを取り上げ助手席に置いた。固まった右手を左手でマッサージしてみると、まるで自分の腕とは思えないほどカチカチに固まっていた。なんとか右腕をおろすことができるようになり、右手の感覚も戻ってきた。右手はなんとか動かせるが、鉛のように重い。最近、無理していたからかもしれない。そんなことをあれこれ考えながら車を出した。

 

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』03 へ続く