鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

小説

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』21-2

書庫から取引先のデータがまとめられたファイルを見つけると、左手で器用に抜き出して自分の机にあげる。俺は右利きだが、病気で右腕が不自由になってからというもの文字を書くことと箸を持つこと以外は全て左手で行うようになっていた。うっかり落とすおそ…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』31

「先輩がLINE始めたこと知らないんじゃないんですか?」 「そうかもね」 俺は苦笑いしながら、手元の資料を読み始めたが、寝不足で集中力が欠けていることと、LINEグループに入れてもらっていなかったことが気になってしまい、何一つ頭に入ってこない。 「お…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』30

岩井主任は、一セット分のコピーが出来上がるたびに角をホチキスで留めては、すぐ横の三課の後藤課長の机に乗せていく。後藤課長は出張が多い人なのでデスクの上はいつも空いており、物を置くスペースとしては丁度よいのだ。 「ああ、それな。私もあんまり詳…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』29

鏡の前に立つ自分は別人のようだった。整髪料で固めた寝癖のない頭、整えられた眉、短く切り揃えられた爪。専門店で買った上質のワイシャツに結ばれたブランドネクタイと袖から覗くお洒落なカフリンクス。ネクタイの中心で光るタイバーは、全体の印象を引き…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』28

住宅街にひっそりたたずむ真っ白な古民家カフェ『森彦』で軽い朝食を取りながら談笑し、『札幌円山CHINESE シロクマ』でお腹を満たすと、俺たちは札幌駅へと戻ってきた。 戻ってきたのは、家に帰るためでも、元日から遊ぶためでもない。俺の服を買うためだ。…

小説プロット用メモ

約20話で1章分とする。 第1章は導入&背景 第2章は濡れ衣事件と配置転換 第3章は慣れない事務職と濡れ衣事件の疑惑による孤立、企画を横取りされたりしながらも真犯人を発見 第4章は、企画力を認められて 間に合わないので、今回は第3章までで一冊にする。 1…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』27

「はい。喜んで!」 俺は満面の笑みで答えた。 「一人では行きづらい場所なんで助かります」 一人では行きづらい? それは、もしかして、ホテルに誘っているのか? 今の若い女の子はそういう誘い方なのか? 「年末に友達から聞いたラーメン屋さんなんですが…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』26

下へと降りるためにエレベーターに乗ると、彼女が俺より少し背が高いことに気がついた。彼女が履いている薄茶色のムートンブーツは靴底が薄く、身長を底上げしていたわけではなかった。美人でスタイルも良く、俺が並んで歩く光景はまさに美女と野獣そのもの…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』25

「札幌の方なんですか?」 「ええ。JRで二十分ほどの場所に住んでいます」 「私は桑園イオンの近くです」 桑園は札幌駅の西にある地域で、札幌駅からだと電車で一駅のすぐ近くの場所である。 「桑園ですか。それは近いですね。あの……男の俺が言うのも何です…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』24

一月一日朝六時半。昨日、クソみたいな人生を一変させようと誓った俺が最初に取った行動が初日の出を見ることだった。俺は生まれてこの方、一度も初日の出というイベントをやったことがなく、これが正真正銘初めてだった。そんな人生で初めての初日の出を見…

私の受賞作が冊子に載りました!

夏の公募で入選して、副賞(?)として七夕イベントで配られる冊子を頂きました。中々届かないので忘れられているのかなと思っていたのですが、発行自体が遅れていたそうです。 私の作品がネットではなく、リアルでお披露目されるのはこれが初めてとなります…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』23

パソコンを立ち上げてマウスでインターネットのアイコンをクリックする。いつも使っているGoogle検索の画面が開いたので、俺は両手をキーボードの上に置いた。 そのまま十分が経った。検索する言葉は決まっているのに何もできない。『自殺』という二文字を打…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』22

病名がついてから迎える二度目のおおみそか。昼になっても俺は布団から出れなかった。 自分が不治の病になったと分かっても、仕事に追われ、仕事のことしか考えず、仕事のためだけに生きてきた。もう俺には、仕事しか残されていなかった。恋も終わり、趣味も…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』21

発症すると10年後には寝たきりになると言われているパーキンソン病には、手足のふるえ、体の動きの緩慢、筋肉のこわばり、バランス能力の低下、以上四つの大きな症状に加え、同時に二つの動作をする能力の低下や自由にリズムを作る能力の低下などの運動能力…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』20

第二章 若年性パーキンソン病という病名がついてから一年以上が経過した。三月の札幌は灰色のアスファルトが顔をのぞかせてはいるものの、まだ歩道には雪が残っている。暦は春になっているが、肌寒さはまだまだ冬だ。 俺は今、会議室にいる。全社会議でも使…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』19

『どういうこと?』 『今夜、急用が入ったので行けません』 『デートは?』 『しません』 『予約したんだよ?』 「ごめんなさい」と泣いているウサギのスタンプが送られてきた。 『どうしても無理なの?』 諦めきれない俺はメッセージをさらに送ったが、既読…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』18

札幌地下街ポールタウン入口に設置されている黄色い大型テレビ『HILOSHI』。大通公園付近の地下で待ち合わせするといったらここが一番有名である。大型デパート三越の前にあり、地下鉄南北線の入り口すぐそばと人が自然に集まりやすい場所でもある。あの高く…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』17

普段、総務部には長居しないから気づかなかったが、部屋中いたるところに背丈を超える高さのグレー色のキャビネットが立っている。席の配置に合わせて並べているようで、一人に一つ当たっているようだ。デジタル社会の今時、紙の書類で仕事をやっているとは…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』16

『今、どこにいますか?』 鈴原さんからのLINEだった。 『大通りにある喫茶店つばらつばらにいるよ?』 『佐伯さん、会社のセキュリティカード持っていましたよね?』 『持っているけど、なんで?』 俺の会社はセキュリティー会社に警備を依頼しており、会社…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』15

その日の夜は、一月ぶりに鈴原さんとのデートだった。LINE交換してからというもの、毎日のようにやりとりするようになって、一時は毎週のようにデートしていたこともあったが、最近は少し落ち着いて、デートも月一回になっていた。 社内恋愛というものは想像…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』14

神経の反応速度を確かめる検査は、刺すような痛みを伴うものだった。流れる電流で体がビクンビクンと波打つように反応し、そのたびに激痛が走る。神経を直接刺激するため、歯を食いしばって我慢することもできない。まるで拷問のような検査だったが、毎月の…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』13

季節は夏から秋、そして冬になっていた。十二月上旬、俺の住む札幌では、積もりはしなかったがすでに雪が降っていた。腕に違和感を覚えてから約半年。その間、俺は経過観察ということで、毎月診察を受けていたが、原因はおろか病名すら分からなかった。 地下…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』12

「もしかして昨日、何かあったの?」 俺の問いかけに反応するように、鈴原さんは急に周りの様子を伺いだしたかと思うと、体を小さくして小さな顔の前で手招きを始めた。 俺が手招きされるまま顔を近づけると、 「ここでは何ですから、給湯室に行きましょう」…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』11

「いや、ちょっとね」 「ちょっと、って何ですか?」 右手に持っていた請求書を鈴原さんの視界に入らないよう背中に隠し、右へと目をそらすと、右斜め奥に座っている岩井主任がイライラしながら電卓を叩いていた。やはり、この請求書は絶対に見つかってはい…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』10

翌日、梶原部長に病名は分からなかったと報告した。また嫌味の一つも言われるのだろうと覚悟していたが、不思議なことに何もなかった。それどころか、「最近働き過ぎのようだから、あまり無理しないように」と別人のような言葉が出てきて朝から調子が狂った…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』00

この世界は理不尽で、不平等で、とにかくイカれている。 人より幸せでもないが、同じぐらい不幸でもない。そんな普通の人生をそれなりに生きてきたはずなのに、今日、あったばかりの人に、俺の普通の人生に終わりがきたことを告げられた。 「若い人には珍し…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』09

ピンポーンという音と共に、大型の電光掲示板に『13 総合診療科』と表示された。 「十三番。十三番の佐伯さん。総合診療科へお入りください」 やっと俺の番が来た。回転の速い内科と違い、俺が受診する総合診療科は最初の人が呼ばれてから三十分以上も待たさ…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』08

朝九時半。俺は前日調べておいた脳神経外科がある大きな病院に来ていた。診療室と検査室に四方を囲まれた大きな待合室の椅子から見える光景は見渡す限り老人、老人、老人と、看護師以外はみな老人ではないかと思うぐらい待合室は老人ばかりであった。平日の…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』07

「馬波物産の件、聞いたぞ。佐伯、お前が取ったんだって?」 「いえ、あれは営業二課全員で取りました」 八割方は俺の手柄なんだが、最初に話を持ってきたのは梶原部長だったし、プレゼンに必要な機器の購入は戸津川係長が経理課に根回ししてくれたおかげな…

文フリ用連載『この心臓が動く限り、俺は諦めない』06

鬼の不動。それが総務部の部長職を預かる不動仁(ふどう じん)の通り名であった。 社内一の切れ者で、所属こそ総務部ではあるが、営業もこなす敏腕ビジネスパーソンである。現在取引がある大口五件の内、二件は不動が取っており、営業部では過去十年に取っ…