鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

しばらくネットから離れます。

最近、Twitterを見ていて、何とも言えない気持ちになります。

「素晴らしい!」と褒める人。

「最低だ!」と責める人。

お得情報を共有しようとする人。

人生訓を語る人。

 

全て自然なことだと思います。

でも、私は苦手です。

 

日本国籍のスポーツ選手が世界チャンピオンになると、日本人は自分のことのように喜びます。

そんな中、私だけは盛り上がれません。

チャンピオンになったことはおめでたいです。でも、その陰で泣いている人もいます。純粋な努力の結果なら喜べますが、実際のところ、運の要素もありますし、開催地というハンデや、生まれた国という環境のハンデもあります。

日本人だから応援するという理由も、私には理解できません。世間では、あれほど性差別で騒ぐのに、国籍差別は騒がないことに違和感があります。同じ国に生まれたから無条件で応援するのって変ですよ。

強いライバルがいたからこそ、試合は盛り上がったのに、どうしてみんな結果だけを重視するのでしょうか? 普段は、仕事などで「結果だけ見られる。努力が認められない!」と憤っているのに。世の中、矛盾だらけです。 

 

児童相談所を責める人。彼らに人を責める資格があるのでしょうか? 加害者を責めるのは分かりますが、役所の人や近所の人を責めるのは違うと思います。もし、自分の隣の家で同じような事件が起きていても、止めることは難しいです。隣の住人が毎日、子供の泣き声を聞いていても止めようとしないことを、遠くに事務所を構える役所の人がどこまで本気で取り組めるでしょうか? 仕事だから本気で取り組めと言う人はいますが、みなさん、自分の仕事にどれだけ真剣に取り組んでいますか? ほとんどの人が給料をもらう手段として仕事をしているだけで、仕事に誇りをもって働いていますか? 子供の将来を真剣に考えて教師になった教師って世の中にどれぐらいいます? 大学でとりあえず教員免許を取って、そのまま教師になった人いませんか? 給料がいいから公務員になった人いませんか? 国民の生活を良くしようと思って役所務めを選んだ人ってどれぐらいいます?

 

世の中、みんな、自分のことは棚に上げて、他人に何かを期待しています。それが、私には、腹立たしい。

自分では何もしないのに、それまで同じレベルだと思っていた人が結果を出すと、過去をひっくり返して、「あいつは過去に、こんなことした最低な奴だ。認めるな!」と言いだします。

そんなことに時間を使うのであれば、もっと違う方向に努力すべきです。一見、努力していないように見えても、結果を出す人は、見えないところで努力しています。過去を反省したからこそ、出せる結果もあります。

 

拒絶することは簡単ですが、受け入れるのは難しいものです。

簡単なことばかり選んできて望む結果を得られるほど、世の中は甘くないです。

 

「そんなこと言ったら、何も言えないし、書けないよ!」

だから、私は言えなくなったし、書けなくなった。

 

人は、自分が思っているより、まわりが見えていないし、傷つけて生きています。

みんな、それを割り切って生きています。

 

でも、私には、それができない。

できなくなった。

小説を書けば、書くほど、世の中の当たり前の光景が、目障りで、雑音になりました。

 

だから、しばらくはネットから離れて、小説の執筆に専念します。

ノンフィクションの世界は、私には重すぎます。