鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

混雑で話題の「怖い絵」展がさらに怖くなる補足解釈

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 今年、最も話題になった美術展は間違いなく「怖い絵」展である。

 しかし、俺が開催を知ったのは、つい最近であり、見るのもこれからだ。
www.kowaie.com

前置き

 この「怖い絵」展の絵は、ただ見ただけではそれほど怖くない。絵のストーリーや歴史的背景を読み解くことで、真の怖さがじわじわと寒気のようにゾクッと来る少し変わった美術展なのだ。そして、この美術展開催までの経緯もまた怖い。

  下記のリンク先の記事を読んでもらいたいのだが、功労者たちの裏話が赤裸々に書かれており、ある意味、「怖い絵」展のどの作品よりも怖かったりする。 

gendai.ismedia.jp

  特に、「怖い絵」展が開催できなければ失踪していたかもしれないというエピソードは、美術展の裏側を垣間見れたようで面白かった。いや、怖かった。

  当日、音声ガイドを借りたり、絵の横にある解説を読むのもいいかもしれないが、その場で理解して見るより、事前に頭の中に叩き込んでおく方が数倍楽しめるのではないかと思う。俺は2週間前に通販で「怖い絵」展の図録を購入し、読み込んだがイマイチ怖さが伝わらない解説があった。そこで、図録を元に補足解釈をしておこうと思う。

 絵の写真も合わせて紹介すれば分かりやすいと思ったのだが、あまり有名ではない作品が多いため写真データを見つけ出すことができなかった。そのため文字だけとなるので、図録を持っている方は図録を片手に持ちながら、図録のない方は当日作品の前でこの記事を読んでもらいたい。

作品補足解釈(作品名の前にある番号は図録での番号)

01 オイディプスの死(ヘンリー・フューズリ)

 王子として生まれたオイディプスは、王である父を殺して母をめとるという予言により、子供の時に捨てらたれが、結局、予言の通りになってしまう。そんな男の死ぬ間際の形相をとらえた作品。

 一人の男の翻弄された運命とその運命に最後まであがなう男の狂気に満ちた執念が伝わる。杖に頼る老人が両手を構えて何かを描いている姿は運命への抵抗なのか、それとも私たちに対し「お前も運命に縛られているぞ」ということを伝えようとしているのか? この絵の前に立つあなたもまた、運命に導かれた結果なのかもしれない。

02 ディアナとエンデュミオン(作者不詳)

 女神ディアナが人間であるエンデュミオンに恋をし、永遠の眠りにつかせて死なないようにした上で、毎晩抱きしめるという作品。

 別に怖いところがないような純愛話に聞こえるが、よく考えてもらいたい。好きだからという理由で相手の意志を奪い、相手の体を好き勝ってするのだ。現代風に言えば、愛という名のもとに植物人間にしたということである。ストーカーみたいでないか? これは正に愛という名の狂気である。

06 オデュッセウスに杯を差し出すキルケ―(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス)

 魔女のキルケ―が訪れた男たちを酒に酔わせ動物に変えて殺していくという作品。

 ファンタジーな話であり特段怖そうではないが、これは男にとってはかなり怖い話である。この世に魔女はいないが、美魔女はいる。また、酒を出して男を酔わせる女性もいる。つまり、男がキャバクラに行って気づいたら無一文になっていたというのと同じなのである。いつの時代も男は美女に弱い。そして、いつの時代にも女で失敗する男はいる。はるか昔からこの自然の摂理を男たちは知っているのだが、それでも反省できない男たち。なんと恐ろしいことか。

07 オデュッセウスとセイレーン(ハーバート・ジェイムズ・ドレイパー)

 人を惑わせる歌声を出すセイレーンの歌を聞いて狂乱するオデュッセウスを描いた作品。

 同じ船に乗る船員たちが平然としているのは、耳栓をしているためである。このオデュッセウスも耳栓をしていれば狂乱しないことを知っていたが、どうしてもセイレーンの歌声が聞きたくて、あえて耳栓をしなかったのだ。ここにまた、人間のおろかさが表されている。不倫をしてはダメだと分かっていても、つい誘惑に負けてしまった人と同じである。魅力的な異性の存在と甘い誘惑はいつの時代も怖いものである。

10 ソロモンの判決(ジャン・ラウー)

 子の所有権をめぐる二人の女性に対し、ソロモン王が子供を半分にして渡せと言った作品。

 子供を半分にする、つまり殺すこと自体が残虐な行為であり怖いことであるが、それ以上に怖いのが、半分になった子供でも受け取ろうとする左の女性である。残念ながら、人を物扱いする人はいつの時代も、どの世界にもいる。自分の隣の人が「人を人と思わない人」だとしたら、あなたは平然としていられるだろうか? 道端に転がる石ころを蹴る感覚で、人を殺せる殺人鬼がお隣に住んでいたら、あなたは家でぐっすり眠ることができるだろうか?

61 人生とはこうしたもの(ジョン・バイアム・リストン・ショー)

 図録でのこの作品の解釈に対し、俺は真逆な解釈を唱えたい。左側に立つ老人が大笑いしていると図録には書かれていたが、俺には目を見開いて驚いているように見える。タイトルも含めて俺が推察するに、これは現実社会の縮図ではないか? スキャンダルと書かれた前に立つ目立つ格好の二人すら驚いてしまう男女のキスシーン。それも警官と言う公的な象徴の前でのマタドールとバレリーナのキス。人気者のマタドールと当時は身分が低い者がやっていたバレリーナ。道化師のように作り出された見世物よりも、身分差のある者たちの色恋沙汰の方が遥かに注目を浴びる。どんなに一生懸命作り出したものも、自然なものには負ける。そういう作品ではないだろうか?

66 ソドムの天使(ギュスターヴ・モロー)

 天罰を下す天使を描いた作品。

 この作品の怖さは視覚的なものが強い。それまでの天使と違い、色が白くなく、表情も判別できない。この姿や表情が分からないことがより一層怖さを増している。人は未知のものに恐怖を覚えるがそれを上手く視覚化した作品である。

78 何処へ?(フィリップ・ハモジェニーズ・コールドロン)

 一見すると橋を渡る男女を描いた作品。

 不安そうな女性も異様だが、それ以上に左側の扉が異様である。橋の途中にある木製の扉とその扉を囲むようにある刺々しい支え。この扉が金属製なら壊さずに乗り越えたり、横から渡ることも考えられるが、簡単に蹴破れそうな木製の扉である。それを考えると、この刺々しい支えは防犯のためではなく、ただの装飾である可能性もある。人を拒絶する扉の先へ、それも不安定な橋の上を渡って小さな箱を運ぶ女性。この絵は女性の処女喪失を表しているのではないだろうか? 

79 レディ・ジェーン・グレイの処刑

 16歳で処刑されたジェーン・グレイの処刑を描いた作品。

 歴史的な背景による怖さというよりも、血のつながりという世襲社会のせいで罪を着せられたことの方が怖いのではないだろうか? 日本でも伝統芸能の世界で生まれた子供が親の後を継いで伝統芸能をやることが多い。また、親がなれなかったスポーツ選手にさせるために子供を育てる親もいる。こういう世襲、親のレールに子供を乗せることが未だに当たり前になり、それを受け入れる風潮こそ、俺は怖い。ジェーン・グレイの処刑は現代でも続いている。

81 マリー・アントワネットの肖像(作者不詳)

 マリー・アントワネットは政治的な思惑から色々な中傷を受け、実際の人物とかなり違うイメージが現代まで残っていると言われている。昔は政治の力だったが、今ではSNSなどネットの力によって、間違ったイメージを作られることが多い。人は声の大きい者や身近な人の声を信用しがちだが、意見が食い違う相対する者が二人いた場合、肩書きなどは考慮せずに、双方の言い分をしっかり聞くべきである。そうでなければ間違った結論を出すことになるからだ。

83 メデュース号の筏(ジャック=エドゥアール・ジャビオ)

 船舶事故で足りなかった救命ボート代わりの筏(いかだ)に乗った人々を描いた作品。

 救命ボートが足りなかったことや、救命ボートにつながれていた筏を切り離し大西洋に置き去りにしたこの事件は一度は闇に葬られた。しかし、その後、生存者の告発で明るみになる。隠ぺいの怖さもさることながら、秘密はいつかはバレるという怖さも合わせ持つこの作品からは、色々思うことがあるのではないだろうか? 

 

最後に

 全ての展示作品について補足解釈をつけることも可能であったが、俺自身がそれほど思いれがない作品も多く、今回は好きな作品を中心に数点だけ選んで補足しておいた。この「怖い絵」展だけでなく、ほとんどの美術作品に歴史的背景などがあり、知れば知るほど面白くなり、感情を揺さぶる何かが見えてくるはずだ。当時の画家たちがその時代の世界を閉じ込めた作品から、彼らが伝えたかったものを読み解くことこそ、美術の楽しさである。「怖い絵」展をきっかけで、美術の楽しさを知る人が増えてくれることを芸術好きの一人として切に願っている。

 そして、できれば、東京だけでなく、札幌などの地方でもこのような独自のテーマで、普段あまり日の目を浴びない作品たちを公開するような展示をしてもらいたい。有名な画家の作品だけを集めた展示や時代や作風で区切った展示は正直見飽きた。新しい観点から芸術を楽しめるそういう展示を俺は見てみたい。