鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

金玉おでん

 日中の暑さを忘れるほど冷え込む夏の夜。人気のない港に不釣り合いな屋台が一つ。おでんと書かれた赤く大きな提灯が哀愁を漂わせながら灯っている。屋台には生成色の暖簾がかけられており、時折吹く潮の香りが乗った海風で揺れていた。

「大将、ビール二つと大根、ちくわ、玉子を二人分ずつ」

 丸で囲った『金』の文字が刺繍された暖簾をくぐって黒いスーツの男が二人入ってきた。

「あいよ!」

 丸金おでんを一人で切り盛りしている坂田源が元気に答えてビールとおでんを出した。 太くて肉厚な手作りちくわ、出汁が中まで染み込んで茶色に色づいた大根、そして丸金おでん名物の玉子『金の玉』。玉子は契約養鶏場から仕入れた卵の濃厚な黄身を生かすため、普通のおでんのように出汁で煮ることはない。玉子は煮過ぎると黄身に火が入り過ぎて舌触りがぼそぼそになるため、他のおでん種とは分けて仕込むのだ。温かい出汁では煮ずに冷たい出汁で一晩漬けこんで煮卵にし、客の注文を受けてから温めて出す。それが『金の玉』の正体である。

 真ん中に座っていた石川が大根に箸を入れる。すうっと心地よいほど滑らかに大根が二つに割れた。

「これぐらい割り切りがよければな」

 石川は二つに切り分けた大根をすぐには口にせず、大根を眺めながら物思いにふけ始めた。 左隣に座っている石川の部下も、石川の大根を黙って眺めていた。

「お客さん、どうしたんだい?」

 坂田の問いに、石川は半円になった大根をさらに半分にしてから答えた。

「義理人情って言えば格好いいんだが、結局、俺は臆病者なんだよ」

「兄貴は臆病者じゃありません。情が深いだけです。親分だって分かってくれますよ」

 石川の部下がそう言いながらビールを一口飲んだ。

「いいや分からんね。子供ができたから足を洗うなんて筋が通らん。ワシらの生き方を馬鹿にするようなことは認められらねえな」

 茶色の着物を着たブルドックのような貫禄のある顔の男が暖簾をくぐりながら石川の右隣に座った。

「親分!」

 石川たちは急に席を立って、親分と言われる男に頭を下げた。

「黙って座れ」

 親分は腕を胸の前で組んだまま、うつむいた石川たちを見ずに正面を見ながら静かだが抑えきれない怒りに満ちた声で話し続けた。

「石川。お前は今まで本当によくやってくれた。組がここまで大きくなったのはお前のおかげだ。だがな、だからと言って、組を抜けることを許さん」

 石川はうつむいていた顔を上げた。顔からは赤みが抜けて、はんぺんのように真っ白になっていた。

「大将。包丁貸して下さい」

「包丁? 何に使うんだい?」

 坂田が包丁を手渡すと石川はカウンターに左手を置き、小指に包丁をかけた。

「お客さん! 何やってんだい! うちでそんなことはやめてくれよ!」

「バカ野郎! 石川、手前は何にも分かっていねえな。包丁は料理人の命なんだぞ!」

 親分は立ち上がると石川の手から包丁を取り上げ、刃先を自らに向けて坂田に返した。

「すみませんね。うちのもんが迷惑をかけて」

「いえ、こちらこそ。親分さん、こちらの方も覚悟を決めているようですし、許してあげたらどうですか?」

「覚悟? 指を落としたければ勝手に落とせばいい。だがね、ワシはそんなもん覚悟とは認めん。ただの自分勝手だ」

「私にはあなた方の世界についてはよく分かりませんが……」

「分からないんなら黙ってろ!」

 親分の鋭い眼光に坂田は少し後ずさりしたが、負けず嫌いの性格が災いして、つい言い返してしまった。

「いいえ、黙りません! 私だってあなた方に負けない覚悟を持ってこの商売をやっている。こんな小さなおでん屋だって命がけでやってんだ!」

「命がけ? おでん屋の何をどうかけたら命がけになるんだ? 命がけって言うのはな、ワシらみたいにタマかけてるもんが言うもんだ!」

「玉? 玉なら私も金の玉に命かけています」

「金の玉?」

「今出しますんで少しだけ待ってください」

 坂田は足元のクーラーボックスからタッパに入った玉子を取り出し、十字の仕切りがあるおでん鍋に投入して温め始めた。

「おい、まさかあんたの言った金の玉って、その玉子じゃねえよな?」

「えっ?」

 玉子を見つめていた坂田が驚いて顔を上げると、親分が眉間にしわを寄せながら顔を寄せてきた。

「いいかよく聞け。玉子は玉子だ。金じゃねえ。もし、俺の前に出されたタマが金の玉じゃなければ、お前のタマをもらう。つまり、お前の命をもらうぞ」

「命!」

「大将、俺のせいで悪いな。親分は言ったことは絶対曲げないお方だ」

 先程まで顔面蒼白だった石川の一言で坂田は事の重大さを理解した。このままでは確実に殺される。この親分と呼ばれる男には屁理屈は通じない。今ここで誰もが認める金の玉を出さなければ殺される。つーと腋の下から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。耳から入る波の音がどんどん聞こえなくなっていく。緊張し過ぎて意識が遠のき始めた。

 ドン! 親分が右手のカウンターを叩いた。

「おい、聞いているのか! いつまで待たせる! 早く金の玉を出せ!」

 大きな音に坂田は驚き身を縮こませた。先程までの戦場を恐れない兵士のような自分はいつの間にか身を隠し、今や道端に捨てられた子犬のようになっていた。腋だけでなく背中にも冷や汗をかき始め、股間の玉も縮こまっている……。

「玉! 金玉!」

 坂田は目を見開き大声で叫んだ。

「うるせえな。急に大声出すんじゃねえ」

「ありました! 金の玉!」

 坂田は腰に巻いた金と一文字書かれた紺色の前掛けを外し、ズボンとパンツを一思いに下げた。そこには緊張で通常よりも縮んでいる陰茎と睾丸がころんとぶら下がっていた。

「おい。まさかそれで金の玉とか言わねえだろうな? それは男の金の玉であって、おでん屋の金の玉じゃねえぞ?」

「おでん屋の金の玉……」

 坂田は下半身を露わにしながら棒立ちになった。陰茎の方はというと、ちくわのようにふにゃっとしており棒立ちなんかせずに縮こまったままだった。うずらの卵のような睾丸だけが海からの強い風でほんの少し揺れていた。

 坂田の人生は港で金玉を揺らして終わるのだ。なんとも情けない最後だ。どうせ揺らすならベットの上で女の尻を見ながら激しく揺らしたかった。坂田は自らの芋虫のような陰茎をじっと見つめ、自らの人生を自らの陰茎に投影した。色んな言い訳を作っては無理やり自分を納得させ、自分の可能性を見つけても全て見ぬふりをして潰していき、安定した未来のためだと言い聞かせて生きてきた。そんな人生が嫌になって脱サラし、おでんやの屋台を引くようになったのに……。縮こまった人生に嫌気がさしてこの道を選んだはずなのに……。ちんこも人生も縮んだまま最期を迎えるのか……。

「覚悟はできたか?」

 覚悟? 私の覚悟? 脱サラして安定した収入を捨てると決めた時、私は死んでもいいと思った。脱サラしても何とか生活できると思ったわけでない。自分の好きな人生が歩めないのならこんな人生はいらないと思った。汗水流して一生懸命生きて、それでも駄目なら諦めるしかない。あの時、私はそう思った。

「人は弱い生き物です。だから、みんな弱点を隠して生きています。でも、その弱点をさらし出すことこそが、本当の強さだと思います」

 坂田は先程までの怯えた態度が嘘のように堂々とした態度で、おでんの鍋の前に椅子を置き立ち膝で自分の睾丸をおでんの鍋に浸しだした。

「お前、何やってんだよ!」

 石川が大声を上げて驚く。

「覚悟とは諦めることではありません。覚悟とは、なりふり構わず全力でぶつかる決意をすることです」

 坂田は白いおでんの取り皿を持ち上げ、そこに自らの睾丸をおろして、そのまま屋台をぐるりと回って親分の横に立った。

「これが私の覚悟です」

 白い皿には出汁で濡れた睾丸と先程までは縮こまっていたのが嘘のようなほど力強くみなぎった長く太い陰茎が坂田の腹につくかと思うぐらいにビンビンにそそり立っていた。

「はははっ。あんた大したタマだよ。ワシに脅されている状況でちんこを立たせてくるとはな!」

 親分は大笑いしながら着物に手を入れて携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

「待たせて悪いな。面白いもんが見れるから車から出て屋台に来いよ」

 親分が携帯を着物の奥にしまってから数分。立ち続ける坂田の目の前に女が現れた。

「父さん、何よ? 面白いもんって? 私、早く家に帰りたいんだけど」

「菜々美。これを見てみろ。これが覚悟のできた男だ」

 親分が坂田の下半身を指差す。

「えっ……。す、すごい。こんな力強いの見たことない」

 親分の娘である菜々美が口を手で抑えて驚く。

「凄いだろ? こいつ、ワシに脅されているのにコレなんだぞ? 度胸があるのか、変態なのか。どちらにしろ、この大きさならお前も満足だろ?」

「もらっていいの?」

「ああもちろんだとも。菜々美への誕生日プレゼントだ」

 菜々美はその場でしゃがみこむと坂田の陰茎をむさぼるように咥え出した。

 坂田は「ああっ……」っと情けない声を漏らして表情を緩ませた。

 信じられない光景の連続に呆然としていた石川が口を開く。

「親分、どういうことですか? こんな変態に後目を継がすということですか?」

「石川、まだいたのか? お前みたいなヘタレはもういらん。さっさとどこかへ消えろ。昔から変態と天才は紙一重だと言うが、ワシはそうは思わん。普通の人間の理解を越えた存在が認められたら天才で、まだ認められていなければ変態と呼ばれているだけだ。それにだ、ワシらの世界は度胸のある奴が上を取る世界だ。こいつは大物になるぞ!」

 グー。親分の力説を遮るように菜々美の腹が鳴った。菜々美は激しいストロークで坂田を責め続けるのを止めて坂田の陰茎からパッと音を立てて口を離すと名残惜しそうにペロリと坂田の鬼頭を一舐めした。それから勢いをつけて立ち上がって親分の横に座った。

「もう、父さんがいつまでも寄り道しているから、お腹が空いたわ。私もおでんを食べていい?」

「お嬢! ここのおでんは不潔ですよ。さっきこいつの玉が浸かっていたのですから」

「石川、あなたが先程から大声を出して飛ばしているツバのほうが汚いんじゃないの? それに、もう咥えた後よ? 今さら汚いなんて思わないわ。おでん屋さん、私にもビールを頂戴!」

 余韻に浸っていた坂田が我に返ってカウンターの向かいに戻る。

「おでんは何にしましょうか?」

「そうね玉子にしようかしら?」

 場が沈黙した。

「玉子か。こいつに今、玉子を頼むのはちょっと酷だぜ?」

 親分が大笑いしながら沈黙を破った。

「何よ? 何がおかしいのよ?」

「そうだな。何もおかしくないわな。菜々美にあんたの自慢の玉を出してやってくれ」

 口を尖らせてふくれっ面になる菜々美を見ながら親分は嬉しそうに笑った。

「は、はい。うちの自慢の金の玉を出させていただきます」

 坂田は戸惑いながら返事をし、返事と共に金の玉が揺れた。

 

 それから二時間後、坂田の金の玉はベッドの上で激しく揺れながら、菜々美の尻を叩きつけていた。勢いよく菜々美の中へ果てて仕込みが終わると、坂田は剥きたてのゆで卵のようにつるんと綺麗な菜々美の尻をなでながら、明日のおでん用のゆで卵の仕込みもこれからしなければなと思った。  

 

あとがき

 かんどー(id:keisolutions)さん、やっと完成したよ! これが今の俺の実力を発揮した小説です! まじめにふまじめなトイアンナ (id:toianna)さんもビックリな不真面目に真面目な小説が完成しました(笑) いつも通り少し説教臭いかもしれませんが、下ネタを入れてやわらげたつもりです! 

 今後は真面目な小説しか書かないけど、こういう作品はありなのか、なしなのか、みんな感想聞かせてね!