鉄仙のショートショート

札幌在住会社員のショートショート置き場です。

ある小説家にとっての壁

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  以下の小説は、これからブログ界隈で流行るだろう『終焉の町からの手紙』のスピンオフ小説となります。では、本編をどうぞ!

 

 朝9時半。白米にワカメと豆腐の味噌汁、焼き鮭とベーコンエッグにシーザーサラダ。デザートにグレープフルーツと飲み物は牛乳。完璧な朝食を目の前に少し遅い朝食を楽しんでいた俺の携帯が鳴った。

 携帯の画面には担当編集の名前が表示されている。全くもって朝から憂鬱だ。着メロが一曲分終わっても、鳴り続けるので電話に出ることにした。

「先生、締め切りは明日ですよ? いつになったら原稿を送ってくれるんですか?」

 おはようの挨拶もなしか? 相変わらずせっかちな女性だ。

「原稿なら2週間前にメールで送ったよ」

「違いますよ。直しを依頼した分です」

「直し? いつ送ったの?」

「先週です」

「今、確認するから、このまま待ってて」

 メールソフトを確認したが、担当編集からのメールはなかった。念のため迷惑メールのフォルダーを確認すると、担当編集からのメールが入っていた。

「ああっ、あったわ。迷惑メールフォルダーに」

「迷惑メールってどういうことですか!」

 耳が痛くなるほどの大声で叫ばれるとは、電話に出るんじゃなかった。

「知らないよ。いつもは普通に届くからさ」

「今日中に上がりますか?」

「内容次第だね。まだメール全部読んでないからなんとも言えないな」

「分かりました。とにかく、すぐに手をつけてください! これからそちらに行きますので、徹夜覚悟でお願いします!」

「えー、無理だよ」

「『えー、無理だよ』じゃないです。もう時間がないんですから」

 なんで女性はこういう時、人真似をするのだろうか? 要件だけ話せばいいのに。

「分かったよ。来るなら途中で甘いものを買ってきて。できれば七福屋のシュークリームがいいな」

「はいはい。用意しますからお願いしますよ」

 スマホをデスクに置いて、メールを全部を読む。数十か所の誤字脱字の指摘と、一部内容の書き換えについて書かれていた。メールソフトを閉じる前に、興味本位で迷惑メールのタイトルを眺めると、一つ気になるメールのタイトルを見つけた。

 

 件名:終焉の町からの手紙

 

 タイトルからして普通のメールではない。ウィルス付きメールの可能性もあったが興味本位から俺はメールを開いてみた。

 メールの送り主は知らない人であり、日付もメールソフトのエラーなのか数年後だった。内容は閉鎖された村で暮らしていますと言った内容であり、度々出てくる『壁』という言葉以外に変なところはなかった。村八分にあった人の話かと思い、メールに書いてあった条件に該当する土地を探してみたが見つけることはできなかった。

 

 ピンポーン!

 

 家のチャイムが鳴った。俺の家に来客なんて珍しいと思い玄関に出ると、担当編集の音無さんが立っていた。

「おっ、早かったね。シュークリームは買ってきてくれた?」

「もちろん買って来ましたよ。それより原稿進んでいますか?」

「全く」

「全く? 私がこれを買うのに並んでいた時間何やっていたんですか? 2時間ですよ! 2時間!」

 夢中で調べていたから気づかなかったがあれから2時間経っていたのか。音無さんの目鼻立ちの整った顔が鬼の形相になっている。こういう時は無視するに限る。俺は受け取ったシュークリームを持って黙って書斎に向かった。

「何をやっていたのか聞いているんですけど?」

 背中から刺すような音無さんの視線を感じる。

「色々」

「色々って何ですか?」

「まあ、調べものかな?」

「今から小説の内容を大幅に変えるんですか! 無理ですよ!」

 音無さんは名字こそ静かそうな名前なのに、本当にうるさい。編集としては優秀なのだが、ちょっと、いやかなり感情的な女性で正直俺も扱いに困っている。

「違うよ。小説とは全く関係ないやつ」

「何やっているんですか! それどころじゃないですよ!」

「それよりさ、このメール読んでよ。未来から来たメールなんだよ?」

 俺はパソコンに映るメールの画面を音無さんに見せた。

「ああっ、この前、話題になったやつですね」

「えっ? 何それ?」

「ニュース見ていないんですか? 『未来からのメール事件』」

「最近忙しくてね」

「新しい作品ですか? どこの出版社ですか?」

「違うよ。世界を救っていたんだよ。村がドラゴンに襲われているから助けてくれと言われたからさ。装備をそろえてドラゴンと闘っていたんだよ」

「ゲームじゃないですか! ゲームやる時間あったら原稿書いてくださいよ!」

「まあまあ、そんなに怒らないでシュークリームでも食べて冷静になってよ」

 俺は箱からシュークリームを取り出すと音無さんに渡した。音無さんは迷わず手に取り食べながら『未来からのメール事件』について一から説明してくれた。

 

 事件が始まったのはおよそ3週間前。日本の夜空にオーロラが出た日に起きた。一通のメールが一人の女性から男性へと届く。その後、次々と日本中の人へと届き、それら全てが未来からのメールであった。メールを管理している会社も記者会見で色々調べたが原因不明だと発表し、政府も動き出す。実際にメールを送ったであろう人物も特定されたが、発信履歴もなく原因の特定には至らなかった。

 一部の科学者が太陽フレアの起こした磁場の乱れによりオーロラが出たり、過去と未来の時間が繋がったと唱えたが結局のところ何も分からなかった。

 メール内容を分析したネットの有志たちにより、被害地域と非常事態への対策がまとめられ政府に提出されたが、世迷い事として相手にされなかったそうだ。

  そして、3週間後の現在、あの異常事態はなかったことのように、テレビでは有名人の不倫のニュースが流れている。日本では毎年のように自然災害が起きている。しかし、時間と共に風化していく。目の前で起きている深刻な問題を見て見ぬふりし、どうでもいいことに注意を向けている。なんとも緊張感のない国だ。

 「先生、状況分かっていますか? 遠い未来より今を見てください。締め切りは明日なんですよ?」

 「でも、このメールが本当なら今から対策しておかないと。町中が壁に覆われてどこにも行けなくなるんだよ?」

「そんな心配いりません。そもそも先生は原稿が出来上がるまで、この家から出られないんですから」

 

  数年後に日本中で見えない壁による分断が本当に始まるのかどうか分からないが、あれ依頼、音無さんが教えてくれた似たような話の海外ドラマを毎日のように見るようになった。

 夜5時半。白米に卵スープ、牛肉のタルタルステーキ、エビフライにホタテフライ、おまけで枝豆。飲み物はこの前ネットで買い込んだ輸入物のクラフトビール。少し早い夕食を見えない壁が町を分断する海外ドラマを見ながら楽しんでいた俺の携帯が鳴った。

「先生、大変です! 今日の会議で重版決定しました!」

「へー」

「『へー』じゃないですよ! 発売前に重版決定なんですよ?」

「隣の町に壁(かべ)が出来たってね」

「隣の町に壁?」

「ノリが悪いな。そこは『隣の家に囲いができたでないと、ヘイと言えないでしょ?』ってツッコんでくれないと!」

「分かるか!」

 また、音無さんが電話越しに叫んでいる。全くもってうるさい。さて、今日はお祝いだ。取っておいた日本酒でも開けようか?

「ねぇ、音無さん。今日、家に来れる?」

「何かありました?」

「重版祝いに珍しい日本酒開けようと思うんだけど」

「私、日本酒呑めないんですよ」

「そう、それは残念だな」

「代わりに私、ワインを持って行きますね」

 今夜だけは、あの未来からのメールと壁の話は忘れて、壁に囲まれた二人だけの密室を楽しもうではないか。

 

(この作品はフィクションであり、 実在する人物、団体等とは一切関係ありません)